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これからの人生について

池田大輝
·
公開:2026/7/16

アメリカに来ても価値観は変わらなかったけれど、人生について考える時間は増えた。というか、今までが考えすぎだったのかもしれない。日本ファルコムというゲーム会社にいた頃、社長から「君は計画的に考えるタイプだけれど、その通りに行くとは限らないんだよね」みたいなことを言われたのを覚えている。かなり場当たり的に生きていると思っていたけれど、案外そうでもないのかもしれない。

将来について考えるとき、過去をまず思い出すようにしている。10年後について考えるなら、10年前を思い出せば良い。10年で何が変わったか。10年前は、ファルコムにまだ入社していない。学生である。ゲーム会社に入りたいとは微塵も思っていなかった。映画が撮りたくて、その入口を必死に探していた。ちょうど大学院に進学したばかりだった。研究にもそれなりに興味はあったけれど、いかんせん映画とは関係なさすぎる。両立を諦め、大学院を休学し、やがて映画の道に専念することになる。

そう思うと、こうして学会のためにアメリカに来ているのは、皮肉ではないが、不思議である。映画への道は、当時よりも開けた。劇場映画に参加したし、プロデューサーとの繋がりも得た。ゲームの世界に寄り道したことで、10年前には思いも寄らなかった方向に進みつつある。急がば回れとはよく言ったものだ。

いま、この瞬間の人生は、10年前に思い描いたものとは全くの別物である。本当に、何もかもが違う。トータルで見れば、良い方向に想定外だ。ファルコムの近藤社長の仰っていたことは正しかった。つまり、この先の10年も同じようになる可能性が高いということである。

10年後にどうなっているのか、全く予想できない。創作活動は続けるだろう。どれくらい売れるかはわからない。Xのフォロワー数は、長い目で見れば指数関数的に増えている。10年後には、100万人くらいになってもおかしくはない。結婚はするのかな。これも相手ありきの話だから、なんともいえない。というか、ほとんどがそうだ。人は一人では生きていけない。本当は孤独なはずなのに、世界がそれを許してはくれない。他者というカオスの擾乱に飲み込まれるほかに生きる術はない。カオスは予測不能であり、したがって制御不能である。人生は壮大なシミュレーションのよう。この世界が仮想世界であるかどうかは、実のところあまり関係がない。私たちは、私たちの人生を外側から眺めることはどのみちできないからだ。人生がコントロール可能であると思い込ませて安心感を売りつける商売がこの世界にはあるらしい。科学は、そのような悪徳商法に利用されがちである。10年前の私は、危うく騙されかけていた。科学がすべてではないという主張は、きわめて科学的な態度である。

@radish2951
恋愛ゲームをつくっています。毎日21時頃にエッセィを更新しています。恋愛ゲーム『さくらいろテトラプリズム』をよろしくお願いします。 daiki.pink