大学生の頃、当時のサークル繋がりで仲良くなった女の子がいた。その頃、私は写真部の部長を務めていて、なにかと心労を抱えていた。彼女はそんな私を気にかけてくれて、それから何度か一緒に出かけるようになった。少し遠くの海に写真を撮りに行ったのをなんとなく覚えている。デート、といえるのかは怪しいけれど、まあ客観的に見ればデートだ。そして、何度目かのデートの帰り道、彼女は泣きながら言った。「いつまでこうしているつもりなの」と。その夜は小雨が降っていた。
それから数か月が経って、彼女と正式に付き合うことになった。付き合い始めてからは旅行にも行ったし、彼女の実家に泊まりに行ったりもした。彼女のお父さんにワインを注いでもらうグラスを間違えて、肝が冷えたのを今でもよく覚えている。そんな具合に、そこそこ楽しく、彼女との時間は過ぎていった。
そんなある日。たしか彼女の誕生日だったと思う。その日は池袋でデートだった。その頃にはなんとなく、二人の関係は冷え込んでいた。でも、誕生日だし、会おうと思った。その日、映画を一緒に観ることにした。橋本環奈の『セーラー服と機関銃』である。池袋の小さな映画館でチケットを買い、座席に座った。予告編が流れ始めて、そして、彼女は映画館を飛び出した。ああ、ついにか、と思った。どうすればいいかわからなくて、このまま一人で映画を観ようか、とも一瞬考えたけれど、さすがにそこまで馬鹿ではなかったらしい。私は彼女を追って映画館を出た。
電話をしても、LINEをしても返事がなくて、池袋の街をあちこち探して、そして、駅の中で彼女を見つけた。彼女は泣いていた。いろんなことを言われたけれど、なにを言われたかはほとんど覚えていない。そういえば、その日は彼女の誕生日。帰りに渡そうと思っていたプレゼントを駅のコインロッカーに入れていたのだ。プレゼントは、足をマッサージする機械。立ち仕事が多いと聞いていたから、喜んでくれるかなと思って選んだ。それを受け取ると、「今までもらったものの中で一番うれしい」と、泣きながら彼女は言った。それが、彼女との思い出の最後だった。
それから時間が過ぎて、他の人とも付き合ったりした。正直、記憶が消えかけているけれど、でも、ほとんど全員を泣かせてきたことは覚えている。泣かれた、と書かないのは、それなりに罪悪感を感じているからだ。「なんで私と付き合ってるの?」と泣きながら訊いてきたのはたぶん、一人ではない。もちろん、遊びで付き合った人は一人もいない。でも、泣かせたのは事実だ。
そのように恋愛下手な私はいま、恋愛ゲームをつくっている。なぜそうなったのかはよくわからない。今まで付き合ってきた人と同じように、成り行きと言ってしまえばそれまでかも。成り行きだなんてひどい、と我ながら思う。でも、それ以上の理由はないのだ、きっと。
ここ数年は、誰も泣かせていない。最後に泣かせたのは3年くらい前。それからは創作活動が忙しすぎて、人を泣かせている暇はなかった。昔よりかは多少、大人になれているのだろうか。それともまた同じように大切な人を泣かせるのだろうか。
なぜ泣かせてしまったのか、理由は正直、今もよくわからない。けれど、あえて言葉にするなら、覚悟が足りていなかったのだと思う。この道に進みたいという覚悟。あなたと幸せになりたいという覚悟。覚悟という言葉すら、あの頃は知らなかった。
物語を書くようになって、それが少しずつ、わかってきた。守りたいもの、守るべきものが見えてきた。そのためならすべてを捨ててもいいとさえ思えるようになった。
できればもう、泣かせたくはない。できることなら、笑ってほしい。誰かを笑わせることは、泣かせることよりも遥かに難しい。それだけの力はまだ、全然ない。もっともっと、強くなりたい。そういう気持ちで、今日も物語を書いている。