私は2020年頃から恋愛ゲームをつくり始めた。それまではずっと映画を撮っていたけれど、社会人になってから映画を撮るのは難しく、なんとか形にできそうな手段としてゲームを選んだ。ちょうどその頃、絵も描き始めた。YouTubeでイラストレーターの先生方が講座動画を公開していて、それを見ながら絵を描いていた。描いているうちに「意外といけるかも」と思うようになり、自分で絵を描けるなら映画よりも遥かに低コストでつくれる、ということでゲームをつくったのだ。
ゲームは無事完成した。が、当時のイラストを見返すと、結構気になるところがある。特に初期の絵は酷いものだった。よくこれでいけると思ったな、と思う。とはいえ、そのような勘違いがなければゲームをつくることはなかった。自分にはまだ無理だと言って、上達するまでつくり始めなかっただろう。実際に描いてみなければ、決して上達することはない。誰だって最初は素人なのだ。「いけるかも」と勘違いすることは、ある意味で才能であるといえる。
と、偉そうに書いておきながら、まだまだ勘違いを捨てきれていない。歳をとるにつれて、勘違いを、失敗を恐れるようになってきた。ゲームならまだしも、これが対人関係であれば、立場の強い者から弱い者へのハラスメントになりかねない。勘違いが人を傷つける可能性がある。ということもあり、難しさを日々感じている。
それでも、勘違いしなきゃ始まらない。それは大人も子供も同じこと。大人になったからといって、自然にチャンスが降ってくるわけでも、勝手に上達するわけでもない。大人になり、考えが保守的になるからこそ、積極的に勘違いしなければならない。それは傍若無人であれという意味ではない。勘違いしつつ、守るべきものを守るためにはどうすれば良いかを考えなければならない。簡単なことではないだろう。それでも、少なくともこれだけはいえる。夢も恋も、勘違いからしか生まれないのだ。