言語化しない勇気

池田大輝
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公開:2026/5/18

なんでもかんでも言葉にすれば良い、といった風潮が観察される。それは正しくない、と私は思う。言葉はコミュニケーションの手段のひとつである。頭の中を整理するために文章に書き出す行為は、自分自身とのコミュニケーションを言語化しているといえる。たしかに頭は多少すっきりする。それは、言語化することで情報を圧縮したからだ。言語化する前の思考は、雑多で、複雑で、混沌としている。それを言葉という記号列に圧縮する行為が言語化である。「フランスに行きたい」という文を書いたとき、フランスに行きたいと思った理由とか、フランスに漠然と抱いているイメージとか、そういった情報は削ぎ落とされる。言葉は世界を覆う網目のようなものに過ぎない。ぱっと見、言葉ですべて説明できそうな気がするけれど、それは、巨大な網があればすべての魚を捕まえられると思うのに似ている。言葉に頼りすぎると、そこに海があったことさえ忘れてしまいかねない。たとえば、このエッセィを書きながら、私は全く別のことを考えている。それは、この文章からは絶対に伝わらない。それがなんであるかを想像することこそが言語化の逆、つまり創作である。

@radish2951
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