「ち、違う! 僕は、に、西本さんのことが好きで……」
「ふーん」
「だから——」
「でもさ、聞いたよ、りほっちから」
「え」
「津村くん、りほっちにも告白したんでしょ?」
「えっと……でも、それは——」
「したんだ」
「でも……結構前だよ」
「結構前って、いつ頃?」
「えっと、うーん……3ヶ月前くらい」
「うーん、微妙だけど、ギリ嫌かも」
「ごめん……」
「りほっちに振られたから代わりにあたしってこと?」
「ち、違う! その……」
「うーん、まあいいや。てかごめんね。あたし彼氏いるの」
「えっ」
「え、知らなかったの?」
「えっと……いや……知ってた」
「はい?」
「西本さんに彼氏がいるのは聞いてた。けど、告白すれば、いけるんじゃないかな……って」
「ふっ、なにそれ、うける」
「ごめん……」
「おもろ。津村くんっておもしろキャラだったんだ」
「あ、いや……」
「全然そんなふうに見えないのにね。意外とガツガツしてるんだ。怖」
「あ……」
「まあ、でも、あたしはやめといたほうがいいよ」
「で、でも、西本さんは、可愛い……と思う」
「……へー」
「髪……切ったよね。短いのも……似合ってるよ」
「え、気づいてたんだ。てかめっちゃあたしのこと見てるじゃん。やば」
「見てるっていうか、見てればわかるから」
「いや、髪切って似合ってるよとか、彼女以外に言わないでしょ、普通」
「そうなの?」
「いや、知らんけど。てか、もしかしてみんなに同じこと言ってる?」
「い、言ってない! 西本さんにしか……言ってない」
じゃありほっちにはなんて言ったの——と言わなきゃいけない場面だとわかっていたはずなのに、臆病で卑怯な私は、津村くんの上擦るような不器用な告白を、舐め回すように反芻していた。今時、体育館裏で告白なんて。体育館裏と言いつつ、それなりに他の生徒の目に留まる場所だ。場所のチョイスからして、津村くんは相当に悪い男だと私は思った。6月にしてはひんやりと肌寒い。少し熱ったおでこが冷えて気持ちいい。そういうところも含めてムカつく。
「——っていうところが……すごく可愛いと思って」
「えっ?」
私が聞き返すと、津村くんは目を丸くして私を見つめる。どうやら、私が脳内でナレーションを再生していた間に私の可愛いと思うところを彼は熱く語っていたらしい。しまった、聞き逃した。聞き返すか? いや、さすがにないだろう。津村くんに隙を見せるわけにはいかない。というか、もう見せてるし。隙だらけだ、私は。くそ、こんなときに守ってくれる人がいてくれたら……って、彼氏がいるじゃん。なんで? 奴はなぜこんなときに限って守ってくれない? 彼氏へのイラつきが、津村くんへのムカつきを軽々と超えた。おい、私が津村くんに奪われたらどう責任取ってくれるんだ? って、このセリフは誰に向けたもの? 彼氏? 津村くん? てか、彼氏は彼氏呼びなのに津村くんは津村くんなんだ? 彼氏のことを名前で呼べない程度の間柄だってことが津村くんにバレたらどうすんだよ! あー、もう! なんなの! マジで! 責任取ってよね、津村くん!!!
「だから、西本さん——僕と結婚してください」
それから私は津村くんと付き合い、大学1年生の夏休みに婚約して、色々あって、大学2年生になる直前に別れた。本当に、最悪な恋だった。最悪で、最低で、思い出したくもない。それでも、津村くんのことを私は忘れることができない。津村くんはきっと今も他の女に同じように酷いことをしている。やっぱり、女なら誰でもよかったんだ。津村くんに告白されたとき付き合っていた彼氏は、今、私の隣でものすごいいびきをかきながら寝ている。ふん、結局お前の名前を明かすことはなかった。私は明日、この哀れな男と結婚する。津村くんが「ちょっと待った!」とチャペルの扉を突き破るシーンを再生しながら私は眠った。