人生が変わったきっかけ

池田大輝
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公開:2026/3/3

この数年で人生が大きく変わった。良いことも悪いこともあったけれど、トータルで見れば、きわめて良い方向に進んでいる。

8年前の今頃、私は4月から社会人になろうとしていた。日本ファルコムというゲーム会社に内定をいただいていた。のだけれど、本当はゲーム会社になんか入りたくはなくて、映画を撮りたいと思っていた。コンテストなどに応募するも、あと一歩届かず、みたいなことを学生のうちは繰り返していた。社会人になってしばらくは、その延長戦をしていたけれど、やっぱり結果は出ず、ファルコムから転職した先の会社が安定した大企業だったのと、婚約者がいたこともあり、映画の道は諦めて、このまま勝ち組ルートでゴールだ、と思っていた時期もあった。

はずなのに、なぜか今は、恋愛ゲームをつくる傍ら、某国立研究機関で研究職に就いている。婚約者とは4年前に別れた。ゲームは、いま4作目をつくっている最中である。研究もぼちぼち動き始めていて、近々論文を書く予定。

ゲーム制作が忙しすぎて、心身が多少しんどいことを除けば、今の生活には満足している。創作も研究も楽しい。好きなことができている。映画を撮っていた頃よりもそう思う。今も映画は撮りたいけれど、まあ、そんなに急がなくてもいいかな、と思うようになった。

こんな人生になるなんて、8年前は想像すらしなかった。いったい、何がきっかけでこんなにも人生が変わったのか。

たぶん、自分ではコントロールできない出会いのせいだと思う。映画を撮っていた頃は、すべてを自分の思い通りに撮りたいと思っていた。そのようなスタイルが悪いとは言わない。けれど、私にはたぶん、合わなかった。

ファルコムに入ってから、思いがけない出会いにたくさん恵まれた。出会いの多くは、仕事とは関係ないものが多かった。たとえば、ゲームをつくろうと思った理由に、ファルコムはあまり関係ない。ゲームをつくろうと思った直接の理由は『冴えない彼女の育てかた』というアニメである。私はアニメをほとんど観ない。けれど、たまたま友人に勧められて観たら、心を突き動かされてしまった。転職して、アニメを観るくらいの余裕があったのも間接的な理由だったと思う。

とにかく、そのようなことが山のようにあった。思えばこの数年間、私が絶対にこれだ、と思って選んだものはほとんどない。恋愛ゲームをつくったのも、研究職に就いたのも、たまたまである。ゲームに声優さんをお招きしたのも、ちょうどコロナ禍で文化庁から補助金が出て、勤めていた会社のボーナスがそこへ重なったから。

そのような偶然の積み重ねを経て、運命に身を委ねる生き方を、無意識に選んできたのだと思う。それは、だらだら生きるということではない。運命に身を委ねることは、能動的な選択だ。誰かに背中を預けることは、その人を信頼していなければできない。映画を撮っていた頃は、まだそれを知らなかった。自分の無力さを思い知ること。コントロールを手放すこと。それでもなお、それが私の人生であると、この身体で、心で、感じること。

運命の出会いというものを、私は素朴に信じている。運命としか言いようのない出会いが、この世界にはたしかに存在することを知ってしまったから。運命の女神に祈ることは、誰かを信じることである。誰かを信頼することは、自分を信じることである。

@radish2951
恋愛ゲーム作家。毎日21時頃にエッセィを更新しています。恋愛ゲーム『さくらいろテトラプリズム』をよろしくお願いします。 daiki.pink