私は生きるのが下手だと思っている。ここ10年くらいで痛いほど思い知った。けれど、下手なりにも生きなければならない。だから、下手なりにいろいろ工夫をして、なんとか乗り越えてきた。その結果、ようやく、少しだけ、生きるコツのようなものがわかってきた。
それは、他人を頼ることだ。あるいは、言い換えれば、一人でなんでもできるわけじゃないと認めることだ。
人は一人では生きられない。衣食住を自分で賄うことは、この時代においてはほぼ不可能といえる。衣食住に近い仕事をしている人は、それをよくわかっているように見える。私はそうではなかった。自分はなんでもできるという尊大な自尊心に、長らく支配されていた。少し考えればそれはあり得ないとわかるはずなのに、考えることを放棄していた。
それを認められるようになったのは、ここ数年のこと。限界というものを知り、それから少しずつ、他人を頼るようになった。しかし、人を頼ったことが今までほとんどなかったから、頼り方がよくわからない。今も絶賛、手探り中である。
手っ取り早い方法としては、誰にでもいいからとにかく助けを求めること。これは、簡単なように見えて難しい。ツイッターで情けない姿を晒すためには、プライドを捨てなければならない。また、一歩間違えると、SOSではなく、世間への呪詛に変わってしまう。気持ちはわかるけれど、手を差し伸べられる確率は下がるだろう。できるだけ心に余裕があるうちに、助けを求めるのが良いと思う。
あとは、頼る相手を見極めることも大切だ。これは、プライドを捨てることよりもさらに難しい。仕事が見つからないのであれば、おそらく受ける会社を間違えている。このご時世に、仕事がないなんてことはまずあり得ない。私はエンタメ系の会社から悉く門前払いを食らってきたけれど、官公庁の研究職を受けてみたら、すんなり採用された。話を聞いてくれる相手がどこにいるのか、見つけ出すのは簡単じゃない。これを多くの人が難なくこなしていることが、私には全く理解できない。
そんな具合に、なんとか生き延びている。生きるコツ、などと偉そうに書いてはみたものの、ほとんど運である。私がやったことと言えば、幸運が巡ってくる確率を高めるために、多少マシなサイコロを振ること。もちろん、幸運に恵まれたからといって、振ったサイコロが本当にマシだったかどうかはわからない。実はとんでもない博打かもしれない。いや、人生は須らくギャンブルなのだ。デットとリターンをみんなで少しずつ肩代わりする。それが他人を頼るということであり、破滅せずに生きるコツなのだろう。