私信とは、英語ならprivate communication、つまり個人的な連絡のことである。実際には、アイドルなどが発したメッセージを「あれは私信だ」といった具合に冗談めかして受け取る場合が多いようだ。というわけで、私も私信を書いてみる。当然、誰に宛てたのかは教えない。その人にしか伝わらないように書いた。以下、私信です。
本当にびっくりしたんですからね。元はといえば、あなたが仕掛けてきたことです。数ヶ月前でしたか。私、目を疑いました。あれは偶然ではないのでしょう? 偶然、あのようになるとはどうしても考えにくいのです。推理小説なんかでもよくあるでしょう。できすぎた偶然は必然である、って。あなたはミステリィはお読みになるのですか? あまり、そのようなイメージはありません。これは褒め言葉です。本をたくさん読む人は、それはそれで素敵だと思いますけれど、それがすべてではありません。私も本を読むのは苦手です。そのあたりは、少し似ている気がします。
話が逸れました。と言っても、これ以上お伝えすることはありません。あまり詳細を書くわけにもいきませんからね。ギリギリの、遥か手前のラインを狙っています。そういうところも、少し似ているかと。というか、それを言ったら、あなたのほうがよっぽど大胆です。あなたには、少なくとも二度……いえ、三度は驚かされました。最初は、もう数年前になるでしょうか。ええ、よく覚えていますとも。忘れるはずがありません。私、どれほどうれしかったことか。その日もまた、ちょっとびっくりすることがありましたね。あなたが無事で、何よりでした。
さて、このままではほとんどの人に伝わらない文章が延々と続いてしまいます。このへんで止めないと。そもそも、あなたはこれを読んではいないのでしょう。あなたがこれを読まない限り、この文章は存在しない人間に宛てた私信、つまりはただのフィクション、あるいは妄想ということになります。それで良いのです。どうか、この私信を読まないでください。読まれるのは、恥ずかしいです。もしも万が一、読んでしまったとしても「読みました」なんて言わないでください。どんな顔をすれば良いかわからなくなります。これ以上私をいじめないでください。どうにかなってしまいそうです。
どれほど伝えたいことがあっても、私信ではほんの5ミリも伝わらないということがよくわかりました。では、どうすれば良いのでしょうね。気持ちを伝える難しさを、あなたから学んでいる気がします。言葉は簡単には届かない。あなたは、それをよくご存知だったのですね。もう終わりにしましょう。これ以上は虚しいだけです。それも悪くはないのですけれど。虚構の底に棲む住人どうし、仲良くやっていきましょう。
さいごに。あなたに気持ちを伝えるとき、私はいつも言葉のチョイスを間違えてしまうようです。気を悪くされていたらごめんなさい。そんなつもりはないのです。ただ、あなたの前では、言葉が不思議な力によって捻じ曲げられてしまうようなのです。この文章だって、そうです。こんなものをわざわざ書くから、話が拗れていくのです。やれやれ。って思っているのはあなたのほうかもしれませんね。まあまあ、そう怒らないで。無理に笑わなくてもいい。あなたの呆れたような苦笑いが、私はとても好きなのです。