働いている人間には、通常「ランク」が与えられる。階級、役職、クラスなど、呼び方はいろいろある。このランクが高ければ高いほど偉く、より大きな権力を持つ。社長は、会社の中では最も高い階級のひとつである。
階級が高いほど人間として価値がある、と素朴に信じている人は少ないだろう。偉い社長でも、家族の前ではただのおじいちゃんだったりする。地位のある人がしょうもない事件を起こすことも珍しくない。
とはいえ、社会全体がうっすらと階級社会であるようにも思う。「ハイクラスだけの転職サービス」なるものがあるらしい。私の知る限り、本当に実力を持つ人は転職サービスなど使わず、知り合いの紹介で仕事を得ているようだけれど。中学受験というものもあると聞く。私の大学の同期の多数派は、中高一貫校を卒業していた。私は田舎の市立中学校を卒業した。私立中学校のタイポではない。
冗談はさておき、仕事以外の場でも人間のランクが評価される風潮に違和感を抱いているのは事実。別に嫌ではない。他人のランクなど気にしていない。いろいろな「ランク」の友人がいるけれど、それは友人であることとは何も関係がない。仕事では気にすることがある。組織の中では、割り振られた役割によってできることが異なるから、その人がどのような権限を持つのかを意識する必要がある。本来は、それくらいの意味でしかないはずだ。
なんらかのランクを持つ人間は、例外なくそれをより高いランクの人間から与えられている。日本は貴族社会ではないから、皇族を除けば、生まれながらにして高い階級を持つ人はいない。みんな必死に努力して、高い地位を「もらおう」としている。それになんの意味があるのか、私にはよくわからない。お金が欲しいなら、方法はいくらでもある。お金を稼ぐためにランクを上げると、その金額に見合った成果を求められるようになる。それはそれでつらいだろう。
今の勤務先における私の役職は「上級研究員」だ。バイオハザードとかで真っ先に死にそうな肩書である。