「親がわかってくれない」と悩むかもしれない。
これはとある事に気づくと悩む必要がなくなる。
親は、「わかってくれない」のではなく「わからない」のだ。
もしわかってくれない相手が喫茶店の店員さんだったとしよう。「まぁ他人にはわからないよね。」くらいに思うだろう。店員さんとは人間関係の距離感が遠い。遠いほど期待値は下がる。しかし親は距離感が近い。距離感が近ければ近いほど「わかってくれるかも」と期待する。
「親」だから。「近い」から。一緒にいる時が長いほど、愛している人であるほど、自分と近しい存在であってほしいと願う。
しかし、たとえ親だとしても、子供の想いを完全に理解することは難しい。親と子供は違う人間だから。
「親」は万能な存在ではない。普通の中年の人間だ。よって「親」にも「子供」のことはわからない。
このようなちょっと達観した感覚を前提にしてみると「わかってくれない」と思い悩む必要はなくなる。「わかってくれない」のではなく「わからない」のだ。