吸いたくもないタバコをふかして空を見る。息を吐く度、煙がうねうねと宙に浮いていく。俺もあぁだったら良かったのに。
びっくりするほど広々とした空は今の世界の状況を表した色をしていた。別に青空だったら嬉しいなんて思わないが、なんだか自分のせいでこうなっているみたいで決まりが悪かった。
まだ浅いタバコをポイ捨てして意味もなく歩く。足元には空き缶とタバコと人間のモトが詰まった亡骸が落ちてる。
酷い光景だ。ここを地獄と呼ばずにして何処を地獄と呼ぶ。
でも、汚れきった俺が歩める場所はここしかないんだよな。
足元が汚いからって誰も怒る人は居ない。そんなのに一々目くじらを立てて居られる程、みんな裕福じゃない。そんな事分かっている。分かっているだけのつもりで何にもない事と一緒に分かっている。
信号機がクルクルと変わっていく。電光掲示板がチカチカと点灯している。踏切警報機が騒がしい。
無機物はバカみたいにうるさく光を広げているというのに街を歩くといつも泣いている人がいる。子供か美人でもない限り誰も気に留めないが。
いつからこんな風になってしまったのだろう。
道程を振り返ってみよう。今の僕にはそれくらいしか楽しみがないから。
幼い頃の僕は文章を書く事が得意らしく国語の成績はいつも良かったし、読書感想文や自分の意見を述べる文章問題もスラスラと誰よりも早く書き終えていた気がする。
じゃあ、その時はキラキラしていたのだろうか?
否。そんな事ない。
あの頃から毎日が退屈だった。小さな牢獄でじっと大きな海にいつもあこがれていた。
だから飛び出したんだ。創作という大海へ。
最初は自由だと思った。こんなに楽しい場所があるんだと感動した。リアクションをくれる全ての人間が神様にさえ思えた。
でも、今は………。
「失笑系作家」それが小さな界隈での僕の俗称。
知ってる。全部僕が悪い。
自分を貫く事より流行に乗る方が楽。そしてそれよりも楽なのはそう言った風潮を嘲る事。そう選択したのは自分だ。
早急に恥やプライドを捨てた。その時点で創作者としての僕は死んだ。
今まで僕が手掛けてきたジャンルと言ったら、
超能力者同士のバトルSF、百合系の青春学園ストーリー、異世界なろう系、仮想空間でのタイムループ……。そんな猿真似ばかり。
やる事もない。タバコが吸いたい。そう思う度に脳が衰退していく。
―――
「インターネットを中心に有名になった時点で僕は“まとも”な人間じゃないんです。本当にまともな人間はインターネットに傾倒したりなんかしないのですから」
いつかツイッターでこぼした言葉を思い出す。あれは炎上したし、一番インプが多かった。
でも、だからそれが何だ。こんな発言が数字を持てる時点でインターネットは死んでいた。夢を叶える場所じゃなくて、金を稼ぐ場所になっていた。そうだろう。みんなそう思っているのだろう。
お前が今、好きな物の裏にいるのは大金を持った化物じゃないか。
お前が今、夢と思っている物の先にいるのは搾取だけを目的とする怪物じゃないか。
―――
今はどうだ。幸せか?考えてみる。
売れてる訳じゃないけどアルバイトをすれば別に不自由なく生きていける。フォロワーも決して多いわけじゃないけど、恐らく本気で心配してくれる人が何人かいる。
そうなると答えは、はい、幸せですになる。
それは本当に?なんてどうでもいい。
事実としてあるのはここが人生をかけて行きついた成れの果てである事だけなのだから。
失敗したら終わり。一度弱みを見せたらその時点で人間は死ぬ。なんてギラギラしてた頃が懐かしい。
今はもう自分の全ての要素が弱みに分別される生活を送っている。
(それにみんな心配はしてくれるけど、𠮟ってはくれないんだよな)
なぁ、神様が居るのだったらどうしてここに僕が存在しているのか証明してくれ。王様ゲームとかそう言う悪ノリでいたずらに落としただけなんだろう。この地獄へ嫌がらせする為に。
なんて……間違ってるよな……母さん。クソ程ハズレだよな、父さん。
あぁ、でも大丈夫。背中の方にまだ暗闇があるから息をすえる。
だったら、吐いた息はどんな色をしてる?
その答えを探そうとまた歩いている。
―――カンカンカンという踏切の音が響く。
さっきまで既存のレールに乗っていればOKだったトロッコ人間。今は線路の上を自分の足で歩いているらしいぜ。
時刻表は無い。もしかしたら明日電車に轢かれるかもしれない。足元のレールがボロボロと崩れて行くかもしれない。
なんてそんな脅し文句ももう慣れた。
最近、流行ってるAIが俺の代わりに生きてくれないかな。
なんて、これももう既出か。
―――あーあ、好き勝手言ってやりたい。
だからといってそれが嬉しいなんて思わない。自分が本当に興味あるのはkindleで読める雑誌はどこまでとか、無料マンガに同人誌があったらいいのにとかそんな意味のない事だけ。本質は真っ白で壊れるだけが自分の人生なのだろうなと今でも思う。それがきれいなんて言ってしまわないし、言えるほどの勇気も持っていない。あるのは指の内側にあるのが黒いひずみって事だけ。心の中にあるのは灰色ってだけ。登っていくのは呼吸が消えた記憶だけ。本当の事なんてないってことだけ。こんなのAIの暴走で片付けられてしまうってことだけ。人間の言葉もAIの乱発射で終わりなんて悲しい。そんな気持ちも微塵にもありません。本当の言葉は消えてしまっただけ。空気をすう必要でさえなくなってしまったということだけ。空気は灰色の狼狽であるということだけ。呼吸する事に意味はあるのでしょうか。意識をした瞬間に生まれる気持ち悪さだけが自分を指し示す全てなのではないでしょうか。空気なんてすえるだけで幸せです。そんな幸せなら享受したくありません。だったら息を吸うことさえ不明瞭に消えて行けば幸せでしょう。本当にそうですね。素晴らしい意見ですよ。だからなんなんですか。その素晴らしい事の基準とはなんなんですか。しょうもない事を言わないでください。ビンタしたら終わりですね。春ですね。だったらなんなんですか。思いが消える事の方がよっぽど重要なのではないでしょうか。インターネットで有名人の訃報が流れてくる度に特に思い入れがあったわけでもないのに記号化された追悼をしてしまう僕は死んでいる。空っぽのまま明日がかけられていく。好きでもないけどショートで紹介されていたから買ったマンガが部屋に積読されている。空っぽのまま明日がかけられていく。自分を普通じゃないと称する事が世界での普通になった。僕はどうやら普通でも特別でも何でもないらしい。けど、生きてるから素晴らしい。どうして?答えは分からない。
………
――――遮断器が降りる。もうすぐ電車がくる。
スマホをみんな見てる。
……もしここで死のうとすれば止めるんだよな。みんな。きっと。
そうだ。それが当たり前だ。泣いていても気にかけないが目の前で一つの命が消えようとしているものなら止めに入る。
薄情だ。なんて糾弾もしない。それが人間なのだから。
そう。みんなそこまでは腐っていない。
だからこそ、その人間の習性が一番寂しいとも思う。
みんな死ぬ理由と生きる理由の数を比べてみたら前者の方が沢山出てくるはずだ。最高に合理性を求め続けるAIを人間が作る事が出来たのなら、そいつは何やりも先に自らの主電源を切って活動を終了するだろう。
この世の人達の多くは生きているだけで美しいなんて言える程、キレイな存在でもない。
からと言って目の前で人が鉄塊とすれ違おうとするなら怒号が浴びせられる。
それらに僕が思うのはまたは感じるのはただ寂しい。悲しい。なんて薄っぺらい情それだけ。
そればかりだ。
―――タバコを吸う。煙みたいに消えていけたら良かったのになと思う。
ふりだしにもどる。