2025年1月、パートナーとの関係破綻が決定的になった。けれど私はどこにも行く所がなかったので、祖母が遺した信州の山小屋で暮らすことを決めた。
20代後半からずっとフリーランスで物書きをしてきたが、ここ数年は経済的に厳しい状況が続いていたので、新しくどこかに部屋を借りることは考えなかった。
お金の問題だけでない。いったい私はどの土地でこれから暮らしていけばいいのかが判然としなかった。
生まれて育ったのは東京で、高校生の時から実家は埼玉になったけれど、通っていた学校はずっと東京で、埼玉には友達もいなく、故郷という思いは湧かない。
しかし東京には、もう祖父母も、その家もない。自分が生まれた家であり、父の実家であり、戦前から祖父母が暮らしていた家と土地もなくなってしまうと、根をバッサリと断ち切られたようで、東京はもう故郷とは思えなくなっていた。
私はどことも繋がりを持っていない根無し草だという思いは、気が付けば劣等感にも似た感情として、だいぶ前から常に胸から消えずにあった。
さて、どうしよう――と、栃木の空を見上げる。ここ十数年暮らしてきたが、どうしても馴染めない土地の空。
私のルーツに戻りたいな…………と、切なる思いがこみ上げて、私はふと、山を思った。
訪れる機会を失っていたが、高原の家はずっと私の心にあって、どんな故郷よりも懐かしく思い続けてきた。
あの山は、あの山の家は、私の故郷ではないけれど、私の魂が還るところ――
私は父に電話をした。
「山の家は、今どうなっているの?」