ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーが最終回を迎え、1年間ありがとうございましたと言う気持ちでこの文章を書いている。わたしにとってこの作品が、最初から最後までリアムタイムで視聴した最初で最後のスーパー戦隊シリーズとなった。
振り返ってみても何がどうおもしろかったかと細かい話は大してできない。ただずっとおもしろく感じていた。それはストーリーの作りがどうこうという話よりも、1話1話の打撃力の強さにくらくらさせられていたと思う。未だに強く印象に残っているのは第16話で新章が始まった時。全くの別番組のようなオープニングテーマと映像が流れて、追加戦士のゴジュウポーラーが登場した時だ。一つ前の回でロボ同士が契りを交わして子どもが誕生したのも衝撃だったが。
キャラクターの設定も好ましかった。各々の願いを叶えるためにゴジュウジャーになった5人は個性はバラバラだが妙に馬が合っている。追加戦士のポーラーも登場してすぐにゴジュウジャーと共闘する存在となった。敵側のブライダンもみんなどこか憎めず、後に真の敵と言える厄災の登場もあり、敵とも味方とも呼べない不思議な立ち位置に収まった。
各話の打撃力が強かったとは言え物語性が皆無だったわけではなく、例えば最初と最後で主人公・遠野吠の変化がはっきりと描かれていた。最初は一匹狼のようにぼんやりとさまようような日々を送っていたが、指輪争奪戦に強制参加させられゴジュウジャーとして戦う中で仲間やライバルの存在を得る。最後にこの世界について「悪くねえ」と話す吠は、虚ろな目でコンビニバイトをする最初の頃の吠とは別人のようだった。夢も希望もないように見えていた世界が悪くねえと思えるようになった吠の姿に勇気づけられる。
思えば、吠の人間性が大きく変わったかと言うとそうではない気がする。結局アルバイト生活は続いているし、家賃やツケも支払えていない。だから別に素晴らしい人間と讃えられているわけでもない。それでも吠の周りにいる人は増えた。運の良さもあるだろうが、でも人間関係ってそんなものかと気付かされる。特別優れた人間じゃなくても人が寄ってくることはあるし、親密でなくても良い関係性というのもある。結局人は誰かの助けがあってこそ生きられると言えばそれはそれで残酷に感じる人がいるかもしれないが、これはあくまで子ども向けに作られた番組である。人間同士には様々な関係性があり仲良しであることだけが必ずしも良い関係というわけでもない、というメッセージを感じられるのは1人の親としても嬉しく思う。