積み重なる記憶の一番上にいる

りえ
·
公開:2024/6/17

小さい頃に住んでいたアパートは、取り壊されてもうなくなっている。

あの場所に住んでいたのは幼稚園の年中までで、引っ越してからは一度も行っていない。では何故アパートがないことを知っているのかというと、ストリートビューで検索してみたからだ。わたしがもう住んでいないその場所は、分譲されていくつかの一軒家が建っている。見覚えのない家の写真を見ながら、見覚えもないのに懐かしくなってしまう。

隣の隣の部屋に住んでいた一つ年上のみっちゃんとは、ほとんど毎日一緒に遊んでいた。遊ぶ場所は、それぞれの家かすぐ近くにあった小さな森の中だ。アパートを出て左に進むと森の入口があり、そこから10メートルくらい歩けば少しだけひらけた場所がある。よくそこで蝉の抜け殻を集めたり、ままごとをしたりした。斜め下の家の人は大きなリスを飼っていた。ある日そのリスが森に逃げてしまったけれど、すぐ捕まって家に戻された。リスの住む森になるのかなとちょっとだけワクワクしてしまった。寝室にはよく蟻が歩いていた。自然が近いから仕方がない。秋には森で拾った栗を使った栗ご飯を食べた。ストーブの上で焼き芋を焼いた。ブラウン管のテレビで"ゾウさんのあくび"を観た。親子で川の字で眠った。

なんて事のない記憶だ。なんて事のない記憶が沢山ある。そしてきっと、あの場所になんて事のない記憶を持っている人は、わたし以外にも沢山いるのだろう。なんて事のない沢山の小さな記憶が地層のように積み重なったあの場所に、そんなことを知らない誰かが今住んで、また新しい記憶を作っている。

なんて事のない沢山の小さな記憶が地層のように積み重なっているであろうこの場所に、それを知らないわたしが今、住んでいる。もしかしたら、誰かがストリートビューで住所を検索して、わたしが今住むこの家の写真を見つけているかもしれない。そして知らない家の写真を見ながら、何故か懐かしい気持ちになっているのかもしれない。そんなことをゴロゴロと寝転びながら想像しつつ、わたしはわたしの生活を送り、新しい記憶をここで作っていくのである。