梅雨と物語

りえ
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公開:2024/6/28

梅雨がない場所で生まれ育った。だから今でもその言葉は、どこか遠い。

雨季や乾季、白夜にポロロッカ、言葉だけを知るここではないどこか遠くの情景たち。わたしにとっての梅雨は、それである。普段出会うはずのない梅雨を見かけるのは、いつだって物語の中だった。知っているのは、雨が降り頻るこの短い季節に何かが起こるということだ。雨宿り、相合傘、カエルの鳴き声、雨音だけが響く教室、キラキラと水滴を反射させる紫陽花、その上をゆっくりと這うカタツムリ、出会いと別れ、雨があがり、夏が来る。作者がわざわざ選んだ『梅雨』と言う季節は、いつだってわたしを未知の世界へと連れて行った。

今日も雨が降り続いている。梅雨がやって来るこのマチに住んでもう数年経ったけれど、それでも『梅雨』はどこか遠く非日常的で、まるで今自分が物語の中にいるかのようだ。どんよりとした空の色と湿ってじっとりと重たい空気は、よく知っているはずの場所を知らないどこかに変えてしまう。雨が降り頻るこの短い季節に何かが起こるかもしれない。だって、わざわざ『梅雨』が舞台なのだ。