心底嫌だと思うことがある。例えば仕事に行くとか、苦手な人に会うとか。寒い季節とか、散らかった部屋とか。嫌なことばかりの世界で生きていかなくてはいけないとか。そして例えば渋谷に行くとか。人が多いのは得意ではないし、入り組んだ道は覚えられない。加えて再開発の影響で、あったはずのものがなくなって、なかったはずのものができている。うねうねとして定まらない、とにかく落ち着かない場所だから、渋谷に行くのは嫌なのだ。
東急東横線のホームから階段をあがり、改札を抜けて人に流されどこに向かってるのかも分からないまま歩き続ける。案内板が目に入ったのでどうにか流れから抜け出して、観光客と一緒に覗き込む。なるほどB3出口から出れば良いらしいがそれはどこにあるのだろうか。案内を頼りに右往左往、よくわかっていないままやっと地上に出ることができた。そしてそこにあったのは、溢れんばかりの人、見渡す限りのビル、ありとあらゆる色、音、光、匂い。あまりにも多すぎる情報は一気にわたしを怖気付かせる。すぐにでも帰りたくなった気持ちをなんとか奮い立たせて、重い足取りで目の前に続く宮益坂をのぼりはじめた。
皆何のためにここにいるのだろう。この細い上り坂には人が多すぎる。わたしはなんでここに来てしまったのだろう。運動不足の体には少し辛い。その一方で、でも、とも思う。でも、結局のところわざわざここまで来るのを選んだのは自分なのだ。わたしは今、自分が選んだ道を歩いている。わたしがなぜここにいるのか、ちゃんと分かってのぼり続けている。ふいに視界が大きく開けた。坂のてっぺんに広がる青空の前に見えたのは、『金王坂』の大きな文字だ。どこからか、珈琲を焙煎する香ばしい香りがしてきた。目的地の青山ブックセンターはもうすぐだ。
宮益坂をのぼった先に、秘密基地みたいにワクワクできる本屋がある。棚に並んだ気になる本たちは、読んで読んでとまるでわたしに小声で話しかけてくるようだ。ここが好き。だから来る。渋谷は好きじゃないけれど、全部が嫌いなわけでもない。だって渋谷にはここがある。
心から嫌だと思うことがある。例えば仕事とか、苦手な人とか、寒いとか、雑然とか、生きるとか。そして嫌だと思いながら、わたしはまた渋谷に来て宮益坂をのぼり始める。のぼりきったその先に、何があるのかを知っているからだ。