友達が「久しぶりにサンタマリアノヴェッラに行った」「パンを沢山買ってきた」と言うので、自分の知っているサンタマリアノヴェッラと違うのかな?香水とかのお店だよね?と思って調べたら、間違っていなかった。普段行かない場所だったから、ついでに初めてのパン屋さんでパンを沢山買ってきたということらしい。最近話のジャンプ力が上がっている気がする、友達。
自分が気に食わないだけなのに、それっぽい理屈をつけて自分より立場が下の相手に感情を投げつけてしまうおじさんを観測した。出来たら自分で気付いて我慢してほしい。我慢できないものなんだろう。
かつて働いていた地域を歩いてご飯を食べたりした。懐かしい。帰りの電車の中で、あの頃に感じていた3月の寂しさみたいなものを思い出してしまう。当時はいつも帰り道に胸がきゅっと痛んでいて、これは寂しいんだろうなと思っていたが、特に何もせず誰にも言わずにいた。春が過ぎると忘れてしまう。今もたまに胸が痛むことはあるし、涙を流すこともわりとあるのだけれど、人に話すわけでも見せるわけでもない。ただそこに寂しさのようなものがある、というのは認識している。友達には流れによっては話すことはある。まあ大人だしそういうものだろうと思っている。特にしんどいわけでもないし、慰めが必要なわけでもないし、支障なく生きていける程度の寂しさはあるものだと思う。
モスバーガーのブロッコリーポタージュがおいしい。今日のはちょっとぬるかった。ちゃんと温めてほしい。
「さむい」と「さみしい」は似ていて勘違いしやすいと言われる。確かにそんな気はするけれど、私は寒いのも寂しいのも嫌いじゃないから、ちょっとずつ寒くて寂しいぐらいの方が感覚が鈍らなくて調子も良い気がしている。頭も感覚も適度に研ぎ澄まされる。暑くて汗をかく方がよっぽど疲れるしイライラする。
今日飲んだコーヒーは全ておいしかった。ドリップ2杯、ミルクビバレッジ1杯、エスプレッソ1杯。コーヒーがおいしいと機嫌が良い。いつもと違う店舗に、知ってる店員さんがいた。「ここにもいるんですね」「今日は偶然こっちに入っていて」と話す。5回ぐらい会ってるけど、いつも仕事を楽しそうにしていて良い感じの人だと思う。
とても気が重い件について連絡が来た。関わりたくないが、この件を終わらせるまで自分がやるしかない。嫌だなー。でもまあ手伝ってくれる人はいるし、何とかなる見通しはあるから、気にせずいこう。