犬の短歌2023冬 #4 エッセイ3

rimoy
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小学生のとき、1時間目の始まる前に「朝の会」というものがあって、クラスの児童の健康管理や伝達事項などがあり、その中に「3分間スピーチ」といって、順番に子どもが好きなことを喋るコーナーがあった。

今後、2度とやりたくないイベントである。

小学生当時も私はそれがとても嫌だった。

嫌で嫌で、だったが、一度だけ、「これを話そう」と積極的に思ったことがある。

その頃家で飼っていたシェルティ犬が、ある日ころん、と転んだのである。

私はそれを見て、笑い転げた。

何かに前足を取られて、「前まわり」をするように前方に一回転、転んだ犬を見て、「犬なのに、なんとどんくさいことを!」と思い、大変面白いことが起こった!と思ったのである。

これなら、3分間スピーチなど怖くないわ、話せるに決まっている、と、意気揚々、朝の会に臨んだ。

ところが。

「このまえ、散歩にいったら、うちのいぬが、ころびました…」

ここから、笑ってしまって何も言えないのである。

「いぬなのに…うふふ…いぬ、いぬなのにです…うふふふ」

というふうになってしまって、これが、話がちっとも面白くない、というか、聞いている方は、何を言っているのか全然わからないスピーチになってしまった。

最悪だ。これは最悪である。早く無かったことにしてほしい。穴があったら入りたい。時間を巻き戻して欲しい。

笑っているのと、恥ずかしいのとで、真っ赤になって退場して、席に着く。

早く家に帰りたい!いつにも増して!

どうして、こんなにかわいい、面白い犬なのに、こうなってしまったのか。

みたものを、みんなの脳に、映せたらいいのに、そうしたら、こんなことにはなり得ないのに!