空っぽの箱の中には、大別して二つの顔が隠れている。
ひとつは慈愛の目をもって他者を愛することができる者。
ひとつは傲慢の目をもって他者を害してしまう者。
人間、誰しも人間だ。
だから色々な顔を持ってしまうし、意図的にそうしている人だっているだろう。自我のコントロールと精神の統制を上手に行い、現実世界に表出させる自分というものを明確に理解できている。世渡り上手だと思う。
羨ましくて仕方がない。
あの気持ちが切り替わる瞬間。心の奥底から黒い霧が吹き出して、みるみるうちに眉間にしわを作って、いつの間にか胸の中は真っ黒なモヤモヤで、気付かないうちに他者を排しようと睨み攻撃をしてしまう。
しかし外敵が去れば幾分落ち着くもので、いままで剥き出しにしていた悪意はウソのように消えていく。平穏を取り戻し、なんて事のない日常へと素知らぬ顔で帰れてしまう。
その瞬間。こっちが真実で現実だと信じたい世界に心が戻ってきたその瞬間、僕はどうしようもない後悔と虚無感に襲われる。
悪意を向けられたわけではないと知っていて、頭ではきちんと理解していて、それなのに他者をむやみに攻撃して遠ざけてしまう。意味もなく価値もなく誰かを不幸にすることはあっても幸せには決してしないその行いに対し、冷静になった僕はいつも冷ややかな目を向けてしまう。
本当に自分なのか。本当に同じ人間なのか。
床に就く時、本気でそんな風に考える。
気持ちが切り替わり、世界が様相をまるっきり変えてしまう時、僕は何度だって死んでいる。何度も何度も殺している。そして殺されている。
そんな往復に。慣れもしない後悔と虚無感が僕を埋め尽くそうとするたびに。
たまらなく僕は、世界に存在を許されていない人間なんだと考えてしまう。
まだ生きているよアイツと白い目を向けられ指をさされている気がしてくる。
下限もなく、どこまでも価値が落ちていく。
もう、辛い。誰に対しても、その人の間柄によらず、僕はそうしてしまう。そうされてしまう。
もう、辛い。いつからこんな心を。こんな性格を。
僕は許してきてしまったのだろう。