辛い。何もかもを遠ざけたかったあの頃から少しは回復してきて、ようやくウソ偽りなく笑い合える日常が戻って来たと安心していた、僕は愚かだった。
何が日常だ。何が幸せだ。
自分を押し殺してまで得る幸せってなんだ。
僕は何を欲しているんだ。
答えなんか最初からわかっているじゃないか。
本当は、こんなこと考えずに済んだはずだ。でも気がついてしまった。この空っぽの胸の奥は、一瞬だけ寂しさや無意味さ・無価値さを忘れられていた。あるいは目を背けることができていたと言ってもいいかもしれない。
けれど現実は。現実は、実態は、本性は、本能は。
何一つだって変わっちゃいない。僕は僕のままだ。他の何者にもなれない、なる必要もない、そんな僕だけがここにいる。
本が読めなくなった。純粋に楽しめなくなった。余暇に書いていた小説が書きたくなくなっていた。強い言葉を使わないように飲み込み続けた。人を傷付けないためにではなく、自分を守るために心を踏んづけ続けている。
一体いつになったら。
いつになったらお前は本性を晒すんだ。いつまでこの薄暗い檻の中で、光を見てはいいなと羨望の眼差しを向け続けるんだ。
わかる。この部屋が少なからず寂しさとは縁遠いもので、またの名を幸せや日常と呼ぶことくらいわかっている。そしてそのありのままの姿を受け入れておけば、きっと何かに恐れをなす必要がないことも理解している。
でも、それはお前が望むものじゃあないだろう。
そんな常温の水みたいな場所に浸かっていたい訳じゃあないだろう。
そんなに怖いか。今を失い、最愛の人を傷付ける事がそこまで恐怖か。
言葉を選び過ぎ、心は圧縮し、顔面に張り付いた笑顔はニセモノで、
僕は誰に成ろうとしているんだろう。
僕は誰になりたいんだろう。
僕は僕だ。
目を覚まさなきゃいけないんじゃないのか、僕。
そうしてまた、けれどお前は日常に戻って行く。嘘で塗り固めた幸せを口いっぱいに頬張るんだ。
本当に嫌だ。お前がそういう人間だと理解はしているが、本当に嫌だよ、僕は。僕だっていやだ。
早く抜け出せ。早く脱獄してしまえ。
意味も未来もない、妥協がくれた幸福など、さっさと捨ててしまえ。