壊れそうな世界

Shiho Hashizume
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公開:2025/3/11

悲しいことが立て続けに起きすぎた。

人に会えなくて悲しくて、人に会って悲しくて、人から連絡が来なくて悲しくて、人から連絡が来て悲しくなった。

ずっとずっとこのままなのはいやだなと思う。

もっともっともっと忙しくなりたい。書くことは孤独だけど、書くものを読んでもらえたら孤独じゃなくなる。じゃあ書き続けるしかすべはないのではないか?

今日は三冊も本を読んだ。でも、何もしていないように感じた。

生きていてほんとうにくだらなくて、悲しさをまぎらわすために、厚紙へ布を貼り付けてしおりを作った。アロンアルファで手がべたべたになって、でも時間はすぎたからよかった。

自分がうまくいっていないなと思うとき、「わたしの何がいけないのだろうか?」と思うけど、多分相手がこれ以上仲良くなりたくないと思っている距離感を平気で踏み越えてしまうところとか、SNSにネガティブなことを書くせいで自分をブランド化できていないところとかがだめなんだろう。

でも、わたしが踏み越えてゆかないとだれもわたしを好きと言ってくれないし、誰も好きと言ってくれない日々は悲しくてSNSでもなんでも、いろんなところに気持ちがあふれてしまうのも無理ないと思う。

みんなこれを黙ってやっているのだろうか。わたしの堪え性がないだけなのだろうか。そう思うとき、わたしはやっぱりすごく孤独で、空っぽで、この世界のどん底にいるような気がしてくる。

新聞連載が終わってからというもの、定期的な大きな仕事は多くあるわけではない。同人誌の活動閑散期や、セルフパブリッシングの書籍を積極的に売っていない時期、どう過ごせばいいのかわからなくなる。

そんなときは、ただ待っているだけではいてはならないと思って動くけれど、だからといって待たずに起こしたアクションもびっくりするほど芽が出ない。

献本したら困ったような半笑いで本を受け取ってくれたけどその後いっさいの音沙汰がなかった、とかはまだいいほうで、企画や案を持ち込んだら支離滅裂な態度で拒まれるとかもざらで、でも、そうしているうちにどんどんこっちの体力のゲージはなくなっていく。

もしじぶんで死んでしまったら、ということを考える。ここ15年くらいはずっとそういうことを考えている。短歌の界隈は一瞬はぎょっとするだろうけど、でも三日くらいで忘れられるんだろうな、とか、じゃあ目立つこと、たとえば焼身自殺とかしないとだめなのかな、とか、そういうことばかり夜中にぐるぐる考えてしまう。追悼特集は組まれることもないだろうし、組まれるくらいなら生前に見せてほしいとも思う。生前に見せてくれたら、死ななかったかもしれないのに。

と、ここまで書いて、全然明日も生きると思う。でも、今のままでは耐えられないとも思う。

この前、原稿料の価格交渉をあまりシビアにやったことがない、という話を飲み会でしていたら、ある歌人に「あなたが低価格で受けたせいで、他の人もそれを受け入れざるをえなくなる可能性が出てくるんですよ」と言われた。でも、わたしぐらいの人間が厳しい価格交渉なんてしたら、次からわたしには依頼は来なくなるというただそれだけになると思う。

橋爪のかわりはいくらでもいるんだ、とわたし以外のほとんどの人間が思っている世界は、つんと突くだけではらはらと壊れそうだ。

@rita_hassy47
短歌や小説を書くしずかな猫。ここでは日記を書くよ。 歌集『地上絵』(書肆侃侃房、2021)の著者。