珈琲店フリーレンの事件簿~また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を~(ヒンメルはもういないじゃない。)

かんなみちゃん
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公開:2026/3/6

歴史の教科書に「社会の不安、民衆の動揺」みたいな言葉が出てきても、特に掘り下げて考えることはなかった。今思えば、多要素で編まれたほぐしようのないストレスがかかり続けることで、正気を保つことが困難、という一面も見出せそうだと気付く。この世をよくする社会運動も、この世をダメにする戦争も、平静では起こしようがないのだ。今やだれもがストレスという言葉を知っているけれど、思考や判断の際、どれだけストレスがかかり、それがどう作用しているか、しばしば忘却してしまう。問題と途中式と回答と同等の立場に計算ミスがあることを忘れる。

そして、この手の狂気に抗おうとするなら、ストレッサーとなる問題を解決するアプローチは困難なのだから、不安であること、狂気にむしばまれていることを、一旦すべて認めてしまった方がいいのかもしれない。自分は狂っているが、その歪みをよしとはしない、と内観に矛先を逸らせば、社会と真正面に対峙して受けるスリップダメージを軽減できるかもしれない。ほのお4倍。

昼寝をした日はそこで一度意識がリセットされているので、寝る前のことを書くのが億劫になって困る。短めの睡眠をとり、ミーティングで相談しようと思ったことを切り出せず、もやもやしながら急ぎの仕事と切り結ぶ。締め切りをずらすのはそれこそ学生時代からの得意技で、長らくほったらかしだがすぐには爆発しないだろう原稿は来週に持ち越して、明日で一旦緊急事態を終わらせようと思っている。

もう何も怖くない、怖くはない/石川智晶