わたしは、お人形で遊ぶ子どもではなかった。
母や親戚によると、赤ん坊のころから
人形を見せただけでギャン泣きする子どもだったそうだ。
なぜかは今でも分からないが、
リカちゃんなどの人形より、もっぱらぬいぐるみを好んだ。
そのころから潜在的に人間がニガテだったのかな。
なので、我が家には当初おひなさまさえなかった。
妹や親戚の子がお人形遊びをするようになり、さすがに
ギャン泣きするようなことはなくなって、
でもその頃には他に関心事もできていたので
結局そんなに人形への思い入れがないまま
歳を重ねて、大人と呼ばれる年齢になった。
祖父が亡くなり、祖母も、父も相次いで亡くなり、
主のいない家に
母と共に不定期に手入れに行くようになって
ある日、二階の窓辺に置いてある一体の人形に気がついた。
身体を横たえると目を閉じ、起こすと目を開ける、
いわゆるお世話人形と呼ばれるものだ。
湿気や埃、日焼けなどのせいなのか、髪はボサボサで
胴体もずいぶんとくたびれている。
いつからか、訪れるたびに窓辺に目をやり、帰り際にこころの中で
「また来るね」と声をかけるようになっていた。
そんなことが数年続いていたが、年が明けてまもなく
祖父母の家はおおきな地震に見舞われた。
誰も屋内にいなかったし、なんとか倒壊は免れたけれど
当然内部はいろんなものが落下、散乱し、あちこちが歪んで
「危険」と書かれた赤い紙が貼られた。
ずっと、気になっていた。窓辺の、あの子。
揺れがおおきくて窓が開いてしまっている、と聞いていたから
開いたときに外へ落ちてやしないだろうか、とか
雨や雪が吹き込んで濡れてやしないだろうか、とか
ずっと、ずっと、気になっていた。
状況が落ち着いてきて、ようやく訪ねることができた日、
わたしは真っ先に二階の窓辺に向かった。
そしてあの子の姿を見つけ、そっと段ボール箱に入れて
連れて帰った。