前のポストに続いて友人のお話をもう一つ
やはり類友という言葉の通り、私の友人たちは私と同じように、自分の意見を持ってはっきり発言できる方達が多いです
私の両親も完全にそういったタイプです
むしろそんな周りの人たちの影響で、私もそうなれたのかもしれません
そういった人たちに囲まれて生きていたので、当たり前のことだろう、と思っていたのですが、
スクールに入って初めて真逆のタイプの子と親しくなり、なるほどと学ぶことがありました
その子は理不尽なことで詰められても自分の意見を言うことが出来なくて萎縮してしまいます
その子の話を聞いていると、「え、なんで?なんでこうやって言わなかったの?」と思うことばかりで、第三者の私がその話に感情移入してイライラしてしまう始末です
ある人が聞けば「優しいから言えないんだよね」と言うかもしれませんが、それはちょっと違う気がします
優しさは同時に強さだと思うので、
意見を言えない=優しい、は甚だ適当な相槌だと思います
またその子の話をいろいろ聞いていると、意見をハッキリ言えなくなった背景には納得せざるを得ない過去があると思いました
幼少期などの成長過程で両親や友人、周りの人から、意見することが怖くなるような事を言われた
そんな小さなことの積み重ねが今の彼女の人格を形成してると思いました
きっと聞かせてくれた話はほんの一部分で、他にもたくさん彼女をそうさせるに至ったエピソードがあったと思います
子供の頃は特に純粋だし、心無い言葉を間に受けたまま成長してしまいそうです
幼少期に限らずですが、どんな人間を周りに置くかって本当に大切ですね
にしても子供の自信を損なう大人たちって最低だと思います
きっとその事は彼女の人生に大きく影響しただろうし、悔しい思いも沢山しただろうと思います、話を聞いてると私まで悔しかったです
そこで父がよく言っていた言葉があります
「相手が上司だろうとどんだけ目上の人だろうと、間違っていることは間違ってる、納得できないことはしっかり意見しないとだめ」
勇気のあることかもしれないですけど、大人になるのにこの力は絶対必要ですよね
何も喧嘩腰で揉めることが前提かのように意見するのではなく、言い方は様々なので適切な言葉と態度で示せばいいんです
なんなら理不尽なことで怒鳴り散らかしてくるようなレベルの低い相手には、それが上司であろうと、本当にもう困った人ねえくらいに思って諭してあげればいいんですよね
一緒になって怒鳴ったり荒々しい言葉を使ってはダメですよね、まさに「同じ土俵に上るな」です
そうは言っても実際にそんな場面に遭遇すると、やはり萎縮してしまう事も時にはあると思います
偉そうに思っていたことを書き連ねてみましたが、私も意見できないときあります、、
自分の意見を上手に伝えられるかっこいい大人になりたいものです