かせいすきー Advent Calendar 2024 19日目

ryu_nosuke
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ち ゃ す の す け(担当日ではないのに公開設定にしてしまった音)

だから多分ここの上に表示されている記事の日付は19日ではないのです。

書き始めた日なだけなので気にしないでください。

ようこそ!かせいすきーアドベントカレンダーの世界へ!

今日の箱の中身は、ごきげんよう私です。

かせいすきーに関係ありそうで関係ない、ほんのちょっぴりだけ関係のある、私の大好きな小説の紹介をいたします!

マーズりゅうのすけのおすすめ小説

さて、もし一冊だけお気に入りの本を選び紹介しろと言われたらみなさんはどの作品を手に取りますか?

こちらが私のイチオシです、いまとってもお気に入り。

マーサ・ウェルズ著「マーダーボット・ダイアリー」。

近未来⋯いえ、かなり未来が舞台のSF小説です。

シリーズは中編・長編として数々の権威ある賞を受賞し、各国語版も追って出版されSFファンの間で大きな話題になりました。

(なので、SF好きのかせいじんには「今更なにを!」という内容かも。わはは、まぁいいじゃないですか!)

ちなみに第一弾は日本語版だと上下巻になっていますが、内容は元の中編4冊を2冊ずつにまとめて収録したものです。

いきなり上下巻の大長編紹介されても読めないよ~という心配はありませんのでご安心を!

一話完結かつ地続きのストーリーがある、という海外ドラマ的な展開でするする読めますので、まずは上巻前半「システムの危殆(原題:ALL SYSTEMS RED)」だけ読んでも十二分に楽しめます。

この記事もそのシステムの危殆の触りだけ、ネットで検索して出てくるあらすじ程度の内容に絞って紹介する形としています。

そのほんの1ミリたりともストーリーの事前情報が欲しくない!という場合は記事の真ん中辺まで飛ばして「作品の魅力は何?」という見出し以降を読めば、内容にほとんど触れない私のオススメポイントだけ読めますよ!

簡単な内容紹介

人類はとうに遥か宇宙に進出し、惑星開発や人工コロニーで生活している時代。

星間移動が可能になったことで人類は星系の方々に散り、辺境の惑星で資源の獲得競争が盛んに行われる開拓の銀河。

作中では営利企業の集合体「企業リム」が人間社会の大半を支配しています。

中央政府のようなものは存在せず、企業と企業が利益の最大化のために動き続け、互いを縛る法律すらないなんとも素晴らしい世界。

資本主義の到達点、利益のためなら人権すら顧みない所謂ディストピアが舞台背景です。

ボット?

タイトルの「ボット」は、わかりやすく言えばロボットのこと。

人間と瓜二つの見た目をしていますが、あくまで"備品"という扱いであり人間としての権利は持っていません。

ボットたちは企業の営利行動の最下層に位置し"統制モジュール"という部品でシステム制御され、人間の社会活動や企業に隷属しています。

完全な機械の身体に電子頭脳で動くものと、生体パーツが混合しているものは区別されていて、後者はSF用語的にはサイボーグに分類されるものなのですが、作中でサイボーグは「強化人間」という別枠。

人間のクローン組織を培養して作られた脳と機械の身体を持つ、主人公を含むボットたちは「構成機体」と呼ばれています。

うーん、なかなかダークな世界ですね。

主人公のマーダーボットはその数多いる構成機体の一人・・・いえ、一機。

お金をもらって人命を守る、保険会社の末端です。

日本語版の表紙では冒頭の画像の通り、短い金髪に青い瞳、中性的な見た目をしていて人格も性別らしさがなく常にですます調で会話します。

(なんかちょっと見たことあるなこいつ、と思ったかせいじんはそっと胸に秘めておいてくださいね。)

警備員どころか荒事お任せあれの傭兵みたいなヤツですが、マーダーボットは物語の中ではもっぱら「警備ユニット」と呼ばれ固有名すらありません。

その名の通り人間の警護を目的に製造されているので、銃火器の扱いに長け高い戦闘能力を持っています。

人間相手なら無敵にも思える強さですが、企業の製品ラインとしては別に「戦闘ユニット」というタイプもいて、同じボットでもそいつらとは戦いたくないと思っている、それくらいの立ち位置。

そして何よりこのマーダーボットが他のボットたちと違うところ。

それはなんと「自律性」を持っていることです。

マーダーボットはとある理由から、統制モジュールをハッキングすることでその支配から逃れています。

時折現れるシステム警告に従うふりをしながら、雇われボットとしての身分はそのままに過ごしています。

平たく言うと「自我を持ったロボット」というわけですね。

そんな意思のある構成機体マーダーボットは・・・とってもコミュ障。

人間の目線や賑やかなコミュニケーションが苦手で、特別に命令がない限りはヘルメットを被りバイザーを下ろして顔を隠しています。

構成機体は人間と比較すると思考速度も作業効率も遥かに上。

ゆえにマーダーボットは人間たちの非効率な会話や任務遂行に寄与しない議論に付き合うことを好みません。

そのコミュニケーションを取ることが「脅威評価」という安全予測数値に影響することであれば、やれやれ仕方なく会話に応じますが。

雇用主が皆自分を完全な機械として扱ってくれればやりやすいものの、構成機体は見た限りでは人間と大差がありません。

基本的にはどこでもぞんざいな扱いを受けるわけですが、時折いる優しい人間たちはマーダーボットに情を感じて対等な人として扱ってくる。

不要な気遣いをされたり(マーダーボットにとって)無駄な会話を求められ、どうやってやりすごすかばかり考えています。

ではせっかく獲得した自律性で何をしているのか?

スキマ時間に密かな趣味として連続テレビドラマ「サンクチュアリムーンの盛衰」を延々と視聴しています。

こんな異常個体には当然ながら友達なんていません。

つまりマーダーボットは、いじらしい「ぼっちオタク」なのです。

マーダー⋯?

さて、これで「ボット」がなんなのかは大体わかりました。

では「マーダー」はなんでしょうか?

英語でマーダーは⋯"殺人"。

そうです、主人公のマーダーボットは、過去に暴走事故を起こし大量の人を殺めてしまった恐怖の殺人ボットなのでした⋯!(オォ~。)

"マーダーボット"は卑屈な「自称」。

心の中で自分のことをその悲しい名前で呼んでいるのです。

暴走を起こしたボットは廃棄されるか、システムをリセットされて再稼働させられます。

過去の事件の後、無機パーツの記録を消されたはずのマーダーボット。

しかし有機パーツ(脳組織のことでしょう)に薄っすらとした記憶が残っており、その汚名を自らの内に背負っている。

極度に内向的で皮肉屋なのは、その実トラウマを抱え傷ついており、ベースの性格が徹底的にネガティブだからなのです。

物語はこの陰気なマーダーボットの主観、データにされたレポートのような文体で綴られています。

だから「マーダーボット・ダイアリー。」

殺人ロボットの日記ということですね。

先に書いた通り、本来ボットたちはシステム制御されており、人間の命令を忠実にこなします。

雇用主のやることに疑問を持っても抵抗はしませんし、そもそも許可のない行動は取れません。

しかしマーダーボットはその僅か残る記憶にある暗い過去を繰り返さないため、また不具合を起こすかもしれない統制モジュールを無効化し、表向きだけシステム制御下にあるボットとして振る舞っているというわけです。

⋯この時点で実は、企業の指示に従うことなく自由に暮らせるわけですが、マーダーボットは何故か自分で望んで人間の警護のために働き続けています。

「人間を守れ」という命令すらも、存在しないはずなのに。

そして毎日鬱々としながら、サンクチュアリムーンの盛衰のお気に入りエピソードに耽溺してメンタルを落ち着けているのでした。

ふんわりまとめ

第一作「マーダーボット・ダイアリー」(原題 THE MURDERBOT DIARIES ALL SYSTEMS RED)は、そんな警備ユニットことマーダーボットが惑星資源調査隊の警備任務に従事し、人間たちと共に荒野の星で探査任務を行うところから始まります。

これがまぁざっくりとした作品の概要です。

本格SF作品ではありますが、J・P・ホーガンやダン・シモンズみたいに未知の情報の洪水を流し込んでくるハードSFという向きはありません。

世界観や設定がしっかりしているにもかかわらず表現はむしろ平易で非常に読みやすい作品です。

アクションありミステリありの大変賑やかな作品ですが、大枠のジャンルとしてはシリアスなコメディと言ってしまってもいいくらい優しい雰囲気を纏っているので、SF小説デビューとしてもかなりオススメできるのではないかと個人的に思っています。

作品の魅力は何?

では何故そんな数多あるSFの中でもこの作品を推すのか。

ストーリー?キャラクター?もちろんそれもあります。

主人公マーダーボットの愛らしさについては既に挙げた通り。

しかしこの作品は過去の名作に引けを取らないどころか、むしろ他にないかなり強力な要素を持っているのです。

それはなんと「日本語訳のおもしろさ」です。

この作品、原書は当然英語なわけですが、日本語版になることで素晴らしい原書が更に見事な造形を得ることに成功しているのです!

なんじゃそりゃ、とお思いでしょう。

まぁまぁ説明いたしますから、もう少しお付き合いください。

ちなみにこの辺でこのアドカレ記事の半分です。

まだまだ読めて嬉しいですか?

それとも存外長くて読み始めたことを後悔しているでしょうか。

私は書いていて楽しいですよ、うふふ。

・人称のおもしろさ

さて、英語と日本語の決定的な違いはなんでしょうか?

文字や文法?もちろんそうですね。

助詞の有無⋯語順⋯それもたしかに。

子音・母音の数や音韻、アクセントも大いに違いますね。

ですが私があえて挙げるのは「人称の豊富さ」と「口調でのキャラ付け(役割語)」です。

人称については多く語るまでもないでしょう。

例えば一人称だけとってみても日本語には僕、私、俺、我に拙者に吾輩、余や朕なんてのもあり数え切れません。

二人称なら君、あなた、お前にお主、貴様なんてのもありますね。

どちらも列記するのはちょっと骨が折れる多彩さです。

そして例えば「僕」「ぼく」「ボク」で与える印象を変えることもできますね。

無理矢理にひらがな・カタカナ混じりで「ボく」にしても、片言のたどたどしさの表現として成立してしまうやたらな柔軟さがあります。

これは古今東西世界中を探し回ってもお目にかかれない素晴らしい特徴です。

では・・・それを踏まえてマーダーボットの一人称は何だと思いますか?

なんと「弊機」です。

一人称がそも造語なんです!

あぁなんとおもしろいことでしょう!

「弊」は平たく言うと「良くない」状態。

ボロボロ、見窄らしい、みたいな意味の漢字で、熟語としては「弊社」「弊屋」のように自分の側をへりくだる形で使いますね。

自分自身を「小生」と呼んだり、書(描)いた作品を「拙著」「拙作」と言ったりするのと同じ謙遜の表現です。

マーダーボットは機械ですから安直に「当機」でもいいわけです。

そもそも人に見えるのだから「私」でも当然よい。

しかしマーダーボットは「企業の備品」ですから、この弊機という造語はもう完璧以外の言葉の出てこない見事な翻訳と言えるでしょう。

原書ではもちろん「I」で表され、このうっとりするニュアンスは日本語版にしかありません。

・役割語のおもしろさ

敬語で言うならですます以外に、例えば「あります」なら軍人や警官に思えるし、「ございます」なら畏まった店員や執事に思えるかもしれませんね。

極端な例を挙げると、でちゅ、ざます、やんす・・・こういった現実には存在が怪しいものでも、創作の世界で使うことで無限とも言うべきキャラ付けをすることができる。

語尾に「ゲロ」がついていたら、間違いなくカエルがモチーフのキャラクターだと一発でわかるわけです!

一応英語の名誉のために言っておくと、スペルが違うと意味が通じず表記上のアレンジが乏しいと思いきや、実は綴りをあえて変えてキャラ付けをするという「視覚方言」という技法はちゃんと存在します。

幼い子供なら"L"を"W"にして舌っ足らず感を出すとか、Mから始まる単語に"Meow"を入れ込んで猫語にするとかね。

(前者の例:Look at me please!(るっくあっとみーぷりーず!私を見て下さい!)→Wook at me pwease!(うっくあっとみーぷいーず!あたちをみてくだたい!))

ですが日本語の口調によるキャラ分けというのは、他言語が比べ物にならない異様ともいうべき豊富さがあります。

日本語話者が日本語版を読んだときにだけ得られる"栄養"です。

話を戻すとマーダーボットは、記事冒頭で解説した通り常にですます調の敬語で話します。

まさに今あなたが読んでいるこの文章のような口調です。

でも終始丁寧語なのに、ときどき心の中で人間に対し「まぬけな質問」と小馬鹿にしてみたり「不愉快千万」「人間だったら歯ぎしりしているような気分」「ちぇっ」みたいな悪い言葉が出てくるのがとっても愛くるしい。

ひねくれた性格をしたマーダーボットの、慇懃無礼な空気の読めなさと可愛らしさを浮き彫りにしています。

もちろん英語でも同じ意味の文章は当然書かれているわけですが、このキャラ感の差異は表紙からもよくわかります。

こちらが原書の表紙。

どうでしょう?

これまでの紹介がちぐはぐになってしまうくらい、もうまったく違う作品と言っても過言ではありません。

この表紙の第一印象のまま原書を読んだ場合、よりお硬い作品と認識される可能性が高いのではないでしょうか。

面白さが失われるわけでは当然ありませんが、ちょっとSF初心者にオススメできる雰囲気が薄れてしまいますね。

シビアな話をすると「原作にないニュアンスをつけた愚かな改変である」と判断する人ももちろんいるでしょう、それはまったく否定しません。

忠実であることもまた確かにひとつの正解と言えるからです。

しかしこの日本語化で新たな魅力が創出されるというのは小説に限らずエンタメの世界では往々にしてあること。

わかりやすい例で言えば「邦題」ってのがありますね。

Frozen(冷凍)ってタイトルの洋画、ご存知ですか?

触れるものすべてを凍らせる力を持ってしまった王女が、大切な妹を守るために城に籠もって暮らすという話なのですが⋯。

そうです、これは「アナと雪の女王」の原題。

絶対に「冷凍」より「アナと雪の女王」の方が素敵じゃないですか!

こういった形で、よりわかりやすく、より言語的に素敵なものにしてしまおうというのがローカライズの本懐なのです。

意味が伝わるように訳すだけならDeepLやChatGPTでもよいのですが、それではおもしろくありません。

こと小説は文字が全ての世界ですから、翻訳というのはいかに原書の魅力を引き出すか、そして日本語として読んだ時の良さを付与するかが至上命題なわけです。

数々の名作翻訳を手掛けてきた今作の翻訳担当の中原尚哉先生ですが、マーダーボット・ダイアリーは輝かしいキャリアの中でも特筆すべき名訳版ではないか私は思っています。

⋯またしても話が脱線しましたが、こういうわけで読んだ人たちが口を揃えて「日本語版がいちばんおもしろい」と言う作品になっているのです。

是非読んでみてね!

さて、長々語りましたがそろそろ店じまいにします。

クリスマスも間近、そしてあっという間に年越しです。

学校も冬休み、仕事納めも近いことでしょう。

普段本を読む人も読まない人も、是非この冬休みに一冊、ちょっとおもしろいSFを手にとってはいかがでしょうか?

もし一作目を気に入ったら、続刊、あります。

読みふけっても二週間はゆうに潰せることでしょう。

最新刊のシステム・クラッシュは本当におもしろかった⋯。

表紙だけでもとってもわくわくしませんか?

このアドカレを書いた理由は、マーダーボット・ダイアリーを語れる仲間が欲しかったからというのが本当だったりします。

この作品に限って今の私は、サンクチュアリムーンの盛衰を語れる仲間のいない寂しいマーダーボットと似た状態なわけですから。

では、お読みいただきありがとうございました。

ごきげんよう!

マーズりゅうのすけ