あなたの影が、ちらついて

s81
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公開:2025/9/2

このあいだ、「オリーブの丘」にはじめて訪れた。イタリア料理の、安価なチェーン店だ。

私はもともと、サイゼリヤが好きだ。イタリアンレストランのチェーンといえば、誰もが思い浮かぶであろう、サイゼリヤ。いや、正確に言えば……少し前の、サイゼリヤが大好きだった。いや、今も好きだ。ただ、サイゼリヤはこの物価高のなか、価格を上げないことを選択した。しかも、量も減らさなかった。代わりにであろうか、メニューは数を減らし、そして、提供される料理の品質も……少し変わってしまったように思う。どこが、とははっきりとは言えない。しかし、今までの「この価格でこのおいしさを提供できるのか」という“驚き”は、今のサイゼリヤの品質からは得られなくなってしまったように思う。

様々なメニューから選ぶ、「楽しさ」。品質への、「驚き」。私がサイゼリヤを大好きだったふたつの理由を、今のサイゼリヤは、少し失いつつあるのではないかと思っている。

それでも、安くて美味しいし、好きなメニューも多い。よく行くチェーン店のひとつだ。

そして、近頃話題の、オリーブの丘というイタリアンチェーン。もしかして、私のサイゼリヤへの愛着を超えるほどに、安くて美味しいのだろうか。

そんな期待と不安を胸に、私はオリーブの丘へと、とうとう行ってみることにした。

期待と、不安。

そう、不安なのだ。私は、サイゼリヤが大好きなのだ。愛着がある。もし、この愛着を書き換えてしまうほど、オリーブの丘がいい店だったら……。それは間違いなく期待なのだけど、それが「愛着を失うのかもしれない」という不安にも感じられて複雑だった。

いや。オリーブの丘に入り、受付を済ませ、順番待ちの席で私は考える。オリーブの丘はオリーブの丘、サイゼリヤはサイゼリヤだ。別物なのだ。比べなくていい。私は今、ただただオリーブの丘とだけ向き合えばいいのだ……と。そうだ、今目の前のものと向き合おう。そもそも、私の大好きだったサイゼリヤは、もはや記憶の中のものなのだ。過去と比べなくて良い。今、目の前の、このメニュー表と向き合おう。

メニュー表を開くとそこには、たくさんの色鮮やかな前菜が載っていた。

え! サイゼリヤより全然品数多い!

いやいやいやいや。サイゼリヤと比べたりせず、オリーブの丘と向き合いたいのだ、私は。とはいえ、品数が多いのは事実だった。しかも、たしかに安い。290円からとかだ。

せっかくの初来店、色々なメニューを試したいところだ。「アサリの白ワイン蒸し」と、「しらすとねぎのブルスケッタ」を頼む。ドリンクバーも追加して、少し豪華に飲むとしよう(車での来店のためソフトドリンク)。

まず、アサリの白ワイン蒸しが届く。最近よく見かける、あの配膳ロボットから受け取る。猫じゃないやつだった。

うーん、メニュー表より、正直……盛りが貧相。が、価格を思えばむしろ豪華なほうだろう。それに、大事なのは味だ。さっそく、身をパクリ。ジャリリ。

うわ、砂。いきなりハズレを引いてしまったようだ。

と、思いきや。その皿のアサリのほとんどが砂入りだった。これはかなり残念。サイゼリヤのボンゴレビアンコは、砂入りアサリなんてひと皿に1匹いれば多い方なくらいなのに……。

いけない、また比べてしまった。とはいえ、家で砂抜きしたアサリのほうがまだマシというくらいのスナスナ具合であった。たまたまかもしれないが、一皿目でこれを引いてしまったのも事実。このアサリの白ワイン蒸しは、私はリピなしだなあと思った。

そのうちに、しらすと葱のブルスケッタが届く。バケットの上にたっぷりのしらすと葱、そしてミニトマト……。そう、しらすも葱もたっぷりだ。色鮮やかで、見るからにおいしそう。これで290円とは、と唸る。

具をこぼさないように……そう、こぼれそうなほど、沢山のっている。こぼさないように、口に運ぶ。

美味しい! ひと口目で、これはお気に入りのメニューになると確信する。葱の風味と、しらすとトマトがよく合う。パンに塗られているのはバターではないようで、香りにはカドを感じた。が、それを差し引いても全体的に完成度が高い。

ふと思いついて、アサリの白ワイン蒸しの汁に、バゲットを浸してみた。

これは、アサリの白ワイン蒸しの真価かもしれない……。ブルスケッタにアサリとオリーブオイルの風味が加わり、たまらない味わいになる。酒も進みそうだ(ないけど)。

うーん、いきなり大はずれと大当たりを引いた感じだ。サイゼリヤは全部当たりなのに……いやいやいやいや。今はオリーブの丘のことを考える時間だ。

メインを選ぼうと、またメニューを開く。それにしてもメニューが豊富だ。パスタなんて、見開きで2ページぶんもある。見開きいっぱいの、色とりどりのパスタの中、真っ黒な皿に視線がうばわれる。

イカスミパスタだ……! それも、黒の!

サイゼリヤのイカスミパスタのリニューアルは、記憶に新しい。真っ黒だったパスタは、「セピアソース」、それこそセピア色に色が変わってしまったのだ。ソースのテクスチャ自体も、こっくりとしたものから少しさらりとしたものに変わってしまっていた……と、思う。リニューアル自体、まあまあ前のことなので、正しくは思い出せないが……。今のイカの墨入りセピアソースも好きだが、やはり私は、あの真っ黒なイカスミパスタが好きだった。

それを思わせる、真っ黒なパスタがメニューにある……!

ううん、またサイゼリヤが頭をよぎってしまった。とはいえ、私の好物であることには違いない。迷いなく、イカスミパスタを注文する。

運ばれてくるのを待つ間、メニュー表をもう一度、頭から眺める。それにしてもメニューが豊富だ。

ワインの紹介に隠れて見えなかった部分に、アヒージョがあるのも見つけられた。それも、少し変わり種だ。面白そう。次来る時は、これを頼みたい。

さらに、パスタのページにボンゴレビアンコも見つける。ボンゴレビアンコは、イカスミパスタとならぶ私の好物だ。が……。先ほどのアサリの白ワイン蒸しのスナスナ具合を思うと、頼む気にはなれなかった。残念だ。それにしてもサイゼリヤのボンゴレビアンコは、砂を噛んだアサリが全然いなくてすごいなあ……。

またサイゼリヤのことを考えてしまう。まるで、昔の恋人のように頭をよぎり続ける(美化された記憶の比喩であり、私の昔の恋人は普段はすっかり忘れられている)。私は、今目の前のオリーブの丘と向き合いたいのに。今回のブログも、「オリーブの丘」より「サイゼリヤ」のほうが単語の登場回数は多いのではないか?

イカスミパスタはしばらくして、またロボットに運ばれてきた。

真っ黒、ほんとうに真っ黒のパスタに、中心には唐辛子が飾られている。赤と黒のコントラストが映えて、見た目にも美しい。これは味にも期待大だ。さっそく、ぱくり。これは……。

ううん。味つけは好みだが、パスタそのものの太さと茹で加減があまり好みではない。やや細く、少し硬めだ。私は細い麺自体は好きだが、この細麺はなんだか舌触りがよくなかった。そして私は、プリプリの茹で加減の方が好みなのだ。

やはり、私はサイゼリヤが好きなようだ。比べないことを諦めて、私はイカの墨入りセピアソースに思いを馳せた。ソースの色が変われど、味はやはり美味しかった。パスタの茹で加減だって、好みのままだった。ソースの色だけで、パスタのすべてが決まるわけではないのだ……。当然の事実を噛み締めつつ、黒くて細いイカスミパスタをフォークで巻く。まあ、おいしいんだけど。ついサイゼリヤが頭をよぎっちゃって、もう。

そうして、イカスミパスタをおなかに収めた。

デザートはどうしようか。どの料理も盛りが控えめなので、おなかにはデザートを食べる余地もある。メニュー表には、色とりどりのデザートが、これも見開きいっぱい載っている。期間限定のものもいろいろあるようだ。名物は、「生搾りモンブラン」とのこと。

ここは……芋だな。

前菜のページに戻ってフレンチフライを注文。テイクアウトのやつだ。会計を済ませ、運ばれてきたものを持って車に戻り、そして運転しつつ片手でポテトをつまむ。

うわ。美味い。

カリカリザクザク。完璧な揚げぐあいで、味もしっかりついている。いやほんとにうまい。一番好みの揚げぐあいだこれ。

芋においてはオリーブの丘の圧勝であった。なんか芋だけ食いに行ってもいいくらい美味かった。すばらしい。また行きます。

@s81
言葉は膚、わたしとすべてを隔てても、あなたに触れるよすがであれ。