2人目出産レポート

さいか
·

今月10日、第2子である息子が誕生した。

その時の記録としてポチポチ書き溜めてたレポートをここに投げておく。本当はエッセイにしてカクヨムに投稿しようかとも思ったが、仕立て直す気力がもうない。

本来の出産予定日である6日からの1週間は、いつ来るか分からない陣痛への緊張感と周囲からのまだかまだかというプレッシャーで落ち着かない日々だった。

妊娠後期の体調不良で自分はヘロヘロ、よりによってのタイミングで長女は風邪(の割に元気)。遊びに出るわけにもいかず2人自宅にこもり、ひたすらサブスクで子供向けアニメを垂れ流すという不健全極まりない過ごし方をしていた。

11月8日

出産前最後の検診。前回予約を入れる時に「さすがに生まれて入院してるでしょw」とキャンセルする気満々だったのでやや気まずい心持ちで検診を受けた。先生から13日まで待っても陣痛が来なければ入院して誘発剤を使うことになると告げられる。

赤ちゃんの大きさはこの時点では約3100gと言われていた。

11月9日

20時頃からお腹の張りが強く出るようになり、弱い腹痛が始まる。前日に受けた内診による痛みか、陣痛か、はたまた夕食後に飲んだマグミットによるものか判断に迷う。

痛みが不規則であったが念のため23時半から陣痛タイマーを開始。痛みの感覚を計測しながら日をまたぐ。

11月10日

1時。痛みの波が20~30分の間隔で来ていることが分かり、排便感もあったため陣痛と判断。

病院より経産婦はお産の進みが早いため、陣痛が15分間隔になったら早めに連絡を入れるよう指示を受けていたので就寝しないことにする。腹ごしらえにゼリーを食べて計測を続ける。

2時半。間隔は縮まらずまだ30分間隔であったので一旦横になってみるが、痛みが強くなってきており寝付けない。一応夫を起こし陣痛が来ていることを告げる。

3時半、間隔は遠のいたり近付いたりまちまちであったものの15分を切るようになってきたため病院に電話をする。時間のせいか対応した助産師に軽くため息をつかれながらも状況を説明し、とりあえず向かうことに。

夫を起こす。時間が時間なので上の子をどうするか話し合い、当初の予定通り先に私が一人でタクシーで病院に向かい夫は朝を待って上の子を義実家に預けてから来ることで段取りを組む。

食欲はなかったがとにかく食べて体力をつけておこうと朝食をかき込む。食べ終えたところでちょうどタクシーが到着し病院に出発。霧が濃く、視界は真っ暗であった。まるでサイレントヒルである。

4時、病院到着。分娩室に通され、内診を受けこの時点で子宮口は2cmほど。NSTを着けて20分。陣痛間隔はまだ不規則気味。7~8時頃まで様子を見て陣痛間隔が15分以内になるようであれば入院、遠のくなら一旦自宅に帰るよう告げられる。この間赤ちゃんがずっと足で右肋骨を蹴りあげており苦痛に苛まれる。

5時、バースプランで希望していたフリースタイル出産をするための和室に通され、そこで待機となる。完徹の疲れが押し寄せ、7時まで眠る。

7時半、陣痛は15分間隔。そこから一向に縮まる気配がないので帰されることを懸念したが、内診し子宮口が4~5cmになっていたため入院となる。

陣痛が10分間隔になり次第立ち会いの夫を呼んでもいいと言われたためそのことを夫にLINE。娘出産時の経験から9時頃を目安に動いてもらうよう依頼し念の為共有の陣痛タイマーアプリに招待するが、スマホの充電が切れそうなのと助産師さんと話したりするので測定が出来ない時間が出たため断念。

8時、朝食が出る。が、痛みが強くご飯を食べる気にならず副菜や味噌汁、りんごなど食べられるもののみ食べる。

8時18分、陣痛が5~6分間隔に。思いの外進みが早く慌てて夫に連絡。まだ「こんなに進み早いんですね」などと助産師さんと話す余裕がある。

9時、夫が病院に到着。助産師さんがかけていったBGMがRPGのセーブポイントみたいだねなどと話しているうちに痛みがかなり強くなり始め間隔があっという間に2~3分へと縮まる。汗が出始め、痛みの波が来るとうめき声が抑えられなくなる。タオルを口に押し当てて深呼吸を続ける。内診で子宮口が8cmまで開いたのを確認されたのが恐らくこの辺りだった気がする。意識はあったがあまりの痛みに思考が飛び自分が何を言っているか分からない状態だった。

「8cm? 8cmって何? 8cmってこれくらい?(小指を出す)」

「いや、これくらい(親指と人差し指で示す)」

みたいなやり取りをした記憶があるが定かでない。

痛みの感覚が1分を切り、肛門の圧迫感を感じたのでナースコール。しばらく助産師さんが腰から尻をマッサージしてくれる感触だけが心の拠り所になる。

そのうちどやどやと助産師さん方が突入してきて夫もガウンを着るよう言われる。内診で子宮口の全開が確認されいきむ許可が出る。しかしいきむことと赤ちゃんが出てくることがイコールでつながらずいきむって何? いきまなきゃダメなの? と頓珍漢な疑問で脳内が埋め尽くされる。

頭は頓珍漢であったが体の方は本能に忠実で、私の意思とは関係なく勝手に赤ちゃんを外界に押し出そうとアップを始める。娘を産んだ時は明確にいきみたいという感覚があったが、今回は特に何も感じず体が動くままに気付いたらいきんでいた。

思いっきりいきんだところ破水と同時におならが出てしまい助産師さんが肛門をさりげなくブロックしてくれたことにめちゃくちゃ感動していた。

何度かいきんで赤ちゃんの体が徐々に下がってきているのを感じるも一定の所から中々進まず、とにかく力の限りいきむ。とても苦しい。

「〇〇さーん、〇〇さーん! (以前職場にいたあまり話したことない人)」

「(ナースコールに対して)もしもし!? 」

「ごめんなさい……今日は入介入れない……」

「(お産ルームを出て行く先生に)誰!? 誰!? 」

痛みのあまりおかしなことを口走っていたと後で夫に聞かされたが、その辺のことは全く覚えていない。

錯乱しながらも頭の中の冷静な部分で「娘の時は〇時間かかったから今回もあと△分、もう少し耐えれば終わるはず」などと考えていたが、それにしても進まない。陣痛の痛みと赤ちゃんの頭がつっかえて押し広げられた産道の痛みで気が狂いそうで、誰でもいいから早く引っ張り出して助けてほしいと願っていた。

「お母さん、頭見えてきたよ! 」

「赤ちゃん会いに来てるよ! 」

「出てきてるってよ! もうちょっと! 」

周りからたくさんの声が聞こえて、気付いたら自分も「頑張れ! 頑張れ! 」と誰に向けてか分からないエールを送っていた。

力の限りいきみつくしてどれくらい経っただろう。ずるんという感触と共に赤ちゃんの体が引っ張り出され、10時14分、我が家の第二子たる男の子が誕生した。

その体は思いのほか大きかったらしく、助産師さんが計測に行っている間夫と

「体デカいなら相撲やらせられるね」

「いやいや、編み物を愛する子になるかもしれないから」

「じゃあ手編みのマワシで相撲だ。編み図あるかな」

などとどうでもいい話をしていたが、助産師さんから3620gという事前に聞いていた3100gをはるかに上回る体重を聞かされて驚愕した覚えがある。進まないわけだ。お産。

その後は出産後の三大試練が一つ『胎盤出し&会陰の縫合』を受け、全てが終わった頃には10時54分になっていた。(ちなみにあと二つは出産直後の排便と乳頭マッサージである)

後に見た母子手帳に記載された分娩所要時間は3時間23分であった。

地獄を耐えきった自分に心からのお疲れ様を言いたい。

@saika
その辺にいる2児の母です。