休職日記|時系列

sakkun
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わたしは今、心身の調子を崩して1ヶ月ほど仕事を休んでいる。 現在は1週目を終えようとしているところだ。

体調や精神の症状は多々あるが、今回はどのような経緯で「休職」という選択をしたのか、時系列を追って記していこうと思う。

11月〜12月|アクセル全開期

意外なことに、調子を崩す前はむしろガンガン全力を出して仕事をできるほど元気だった。ちょうど新しいことを任せてもらえるようになって、まだ半人前な私は、挫折を繰り返しながらも、やる気に満ち溢れていた。

一方で、今考えると、この時期に自分が持つ力の100%以上を出そうとしてしまったのかもしれない、とも思う。

当時、面談をセッティングしてくれた社員さんが「大丈夫?無理してない?」と心配してくださったのだが、やる気とアドレナリンでハイになっていた私は「楽しいんで大丈夫です👍」と、元気に答えていた。今思えば空元気を見抜かれていたのかもしれない。

12月〜1月|燃え尽き症候群期

この仕事を始めて間もないが、体感としては年末は「忙しい」or「比較的ヒマ」の二択な気がしている。今年は比較的余裕があったので、それなりに仕事をこなしつつ、新しい社内プロジェクトの準備などをしていた。

目の回るような忙しさがひと段落したからか、あるいは暖冬といえど厳しい冬の寒さからか、この時期も時折体調を崩していた記憶がある。昔から天気が悪い時などの体調不良時に失神や意識の遠のきなどの症状があるので、大事をとって脳神経外科に行ってみたりしていた。(検査の結果は問題なく、脳貧血の症状だろうと言われた)

1月〜2月|体調不良&パニックのはじまり

事が大きく動いたのは、2月の頭である。

天候が良くないせいかかなり体調が悪くて、「帰るのが億劫だなぁ」と考えていた帰り道で、今まで体験したことないほど酷い過呼吸を起こした。職場からほんの数分の距離だった。

実は以前にも帰り道で動けなくなったり、軽い過呼吸を起こしたことは何度かあったのだが、それはどれも最寄駅から家までの道のりであり、職場の付近でこのような症状を起こしてしまったことに、私自身かなりショックが大きかった。

翌日、心療内科でパニック障害の診断が下り、抗うつ剤の服薬と発作時の頓服薬での治療が始まった。

3月|休職の決断

薬を処方されてからは、外で大きな発作を出すことは無くなった。一方で、日常的なちょっとした不安に対して「また発作を起こすのではないか」という考えが頭をよぎるようになった。

もう一つ、パニックとは別に症状として現れたのは、極端な集中力の低下だった。いつものように睡眠をとって、いつものように出勤したのに、いざ仕事をしようとすると頭が働かない。いつもなら、タスクに対して「あれをして、これをして」と順序立てをするのだが、靄がかかったようにその順序が分からない。

「変だな」とは思っていたものの、少し仕事の速度を緩めつつ、十分な休養を取ればまたいつも通りに戻れると考えていたので、この頃(3月あたま)くらいまでは仕事を休むことはあまり考えていなかった。

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明らかに「あ、ダメだ」と確信したのは、「人の声を聞くのが辛い」と感じた時だった。

私の職場は執務スペースと会議スペースが本棚で区切られているので、誰かが会議をしている声がよく聞こえる。いつもなら、別段気にならないし、集中したいときはイヤホンを付けているので特に困ることもない。

しかしこのときは、誰かがそこでしゃべっている、という事実が怖くなってしまった。なぜ?と言われると説明が難しいのだが、常に誰かがすぐ真後ろに立っているような感覚に襲われるのである。

ついには耐えられなくなって、一言断りを入れてから外に飛び出し(それくらいの余裕はあった)、公園のベンチで泣きながら発作が起きそうになるのをなんとか抑えながら、自分が簡単には戻れない深みまで来てしまったことを自覚した。

それから

そこから一週間ほどリモートでの業務を交えながら、多少の引き継ぎなどをさせてもらった。当時は迷惑をかけたくない気持ちで必死で作業をしていたつもりだったが、冷静になって考えてみれば正直引き継ぎは終わっていないし、やろうと思っていた作業も全然終わらなかった。つらい。

今はお休みをいただいてから一週間ほど経つ。果たして、あと三週間で職場に復帰できるのか、正直今はわからない。

不安な日々は続くが、まずは一度しっかりと休んで、最初は今まで通りできなくても、もう一度やり直すくらいの気概で挑んでいきたいと思う。

@sakkun
デザイナーの日記。note:note.com/sakkun0809