colonが腸の英名であることから、呼び名の響きが最初から好きではなかった。「〜になっちゃって」「〜のせいで」と連呼されるたび、他にも言いようがないのが分かっていても好きではなく、とはいえcovidと発音してサマになるのもやはり英語話者のみのような気がして異音でしかなかった。o-o-aの母音の強すぎる感じが特に嫌で、内容をどうこうするのが無理ならば、せめて日本人らしく響きのよい、気の利いた呼び名を付けるべきだろうと、流行の初めからずっと考えていた。
そんな病に、ついに自分も罹患することとなった。最悪のあだ名を付けられたようで、なんともいえず嫌な感じである。
ワクチン(この音も大嫌い。チンで終わるな)が有料となり、インフルエンザを恐れる人だけが白い顔をしている、このタイミングで寝込むとは。
そして、生まれて初めて「自分の本体がなにかわからないものにおかされている」感覚を得ている。
罹患8日目の朝。実家の寝床で、感じたことのないやるせなさで目が覚める。一昨日、嵐の中をここまで帰省してきたのだ。
帰省の理由は、鳥類研究所への予約訪問と、半年ぶりの母への表敬訪問だ。どちらも譲れない日付なので無理をした。3日寝込んだからもう十分だと思ったのもある。ギリギリなんとかなるかもしれない、と思って踏み切った。
しかし、世界を震撼させた病だけのことはあって、私のはかない「症状回復〜軽快」予想は、考えてもみない部分で裏切られた。
心の芯が、戻って来ない。
予定の行動を成し遂げた安堵感、明日からの仕事への焦燥感、そもそもの自分が常に抱えている漠然とした不安感
そうしたもの全てが、いつもの形でそこにない。その代わりに黒く灰色の何か嫌なものが、身体の芯に厚く纏わりついている。
なんだ、この粘土みたいなもの
わたしの嗅覚を覆い隠し、浅い眠りの最後に現れてこのページを開くしかない気持ちにさせた、とてもなく得体のしれないもの
なるほど、と思っている
これは、なにか普通の感覚では太刀打ちできないものだ。全力で、国を挙げて回避する必要のあったのも道理だと感じられる
家族が起き出すか、このページから出て忙しないものを見聞きすれば、いったん忘れてしまうだろう
明日の朝にも、また私を起こしに来るのか。新型粘土だから、簡単には流れていかないはずだ
床での寝起きが難しくなった父のために誂えた簡易ベッド。失禁も多くてあまり使いたくはなかったベッドに、あまりの息苦しさに初めて横になってみたら、これが思いがけず心地よい
これはいいぞ。快適じゃないか。
ベッドのおかげというよりは、父のおかげなのかもしれない。大丈夫、大丈夫、と言われている気がする
この粘土には、抗うのではなく、正体を見極めようとするのではく、黙って歩くのがいいのかもしれない
そうして、並んで歩くうちにいつの間にか溶け合っていくのかもしれない
かおなし、というのが頭に浮かんだ
カタカナだったな、でもひらがなの方がいい。あのイメージが、ちょうどいいじゃないか
得体が知れず、誰もその出所と行先が分からず、取り憑かれると軽かったり重かったりする。ときに、嫌な形で信じられないようにひどいことをする(悪気はないにせよ、世界を振り回す)
消えたように思えても、あちこちに、ふっとあり、これからも不定形に、わたしたちを縛る
この粘土の、病の、新しい名前は「かおなし」としよう
わたし、かおなしに会ったんだよ
もう大丈夫、だと思うけど…
いま、このへんにいる(肋間を指差して)