2026年1月以降、精神障害者差別や知的障害者差別をめぐる議論について、私はSNS上でいくつかの発言をしました。
自分の過去の投稿と、当時参照していた資料をあらためて確認したところ、根拠以上に強く一般化していたこと、当事者の経験と私自身による「差別」「加害」という認定を十分に区別していなかったこと、他者の発言や反応について十分な根拠のない評価を行っていたことがありました。
以下、それぞれ該当する自分の投稿を示したうえで、訂正とお詫びをします。
「キチガイ」と「バカ」の違いについて
私は当時、「キチガイ」という言葉と「バカ」という言葉の違いについて、主として、差別的な加害の歴史が社会的にどこまで可視化・共有されているかという程度の違いではないか、という趣旨の説明をしました。
『改訂新版 世界大百科事典』の「気ちがい」の項目では、この語は「日本で近世以降ひろく使われてきた精神病、精神病者の俗称」とされ、1603年刊行の『日葡辞書』にもすでに収録されていると説明されています。
一方、「馬鹿」は、知能の低さや人への罵倒だけではなく、「社会的な常識にひどく欠けること」「つまらないこと」「度が過ぎること」「機能が失われること」などにも使われる、多義的な言葉です。
辞書の記述だけで、個々の使用が差別に当たるかどうかを決められるわけではありません。
しかし、両者には、指してきた対象にも、語義の広がりにも重要な違いがあります。
私はそれを十分に確認しないまま、両者の違いを、主として差別の歴史が社会的に可視化・共有されている程度の違いであるかのように説明しました。
この説明を撤回します。
語義と使用の歴史にある重要な違いを十分に確認しないまま、根拠以上に強く一般化した説明を公にしたことについて、お詫びさせてください。申し訳ありませんでした。
「バカは選挙行くな」の事例について
また私は、上記に引用したポストで「バカは選挙行くな」というプラカードをめぐる議論で、「言葉の定義じゃなくて加害の実態の話」という趣旨のことも書きました。
その際に言及したトピックスは、増岡そうたさんが2026年1月26日に公開した投稿でした。
増岡さんは、知的障害のある本人からのものだとして、匿名の意見を紹介していました。
その意見では、敵対する相手に「バカ」「間抜け」「境界知能」「頭悪すぎ」などと言うことについて、本人が差別だと考えていることや、
バカにも選挙権があります。選挙に行きます。
という言葉が紹介されていました。
私はこの投稿を、増岡さんが本人の依頼を受けて紹介した当事者の経験として受け取り、重く受け止めました。
ただし、「その人が、その言葉を自分自身への排除として経験したと語っていること」と、「第三者である私が、その言葉を知的障害者差別や加害であると認定すること」は同じではありません。
私は前者を示すことで、後者についても十分に論証したかのように「加害の実態」と書きました。
また、一連の投稿の中で「差別の指摘」という言葉も使い、本来は私自身が根拠を示す必要のあった「これは差別なのか」という判断を、すでに確定したもののように扱いました。
この事例について、私自身が「知的障害者差別」「加害」であることを十分に論証したものとして扱ったことと、「加害の実態」とした認定を撤回します。
当事者の経験と、第三者である私自身による差別・加害の認定を十分に区別せず、必要な根拠を示さないまま強い認定を公に行ったことについて、お詫びさせてください。申し訳ありませんでした。
オオエタツオさんへの訂正とお詫び
2026年1月、「りんごのうえん」さんの記事「精神障害者への差別をやめない左派たちへ」をめぐる議論の中で、私は記事を擁護する投稿をしました。
私がその投稿を書く際、批判の対象として念頭に置いていたのは、オオエタツオさんの投稿でした。
オオエタツオさんは、当時の公開投稿で自身を精神障害当事者であると述べたうえで、「りんごのうえん」さんの記事について、
妄想虚言を吐くのはやめてほしい
と書き、記事を「とても有害」と評価して撤回を求めていました。
私はそれを念頭に置きながら、「りんごのうえん」さんの記事を引用する公開投稿で、
その語彙で発言の正当性を否定するのは、指摘されている問題を再生産している
と書きました。
私は「妄想虚言」という強い表現を問題視し、そこからさらに、オオエタツオさんの発言を「指摘されている問題を再生産している」と評価しました。
ここでは、その表現を批判することと、それを精神障害者差別として問題にされていた構造の「再生産」と認定することを区別します。
後者の評価を公に行うのであれば、その評価に見合う根拠を私自身が示す必要がありました。
私はそれを十分に示していませんでした。
オオエタツオさんの発言について、「指摘されている問題を再生産している」とした当時の評価を撤回します。
十分な根拠を示さないまま、オオエタツオさんの発言を、精神障害者差別として問題にされていた構造を「再生産している」ものとして公に位置づけたことを、オオエタツオさんにお詫びさせてください。申し訳ありませんでした。
批判者の「党派性」まで読み込んだことについて
私はその後、「りんごのうえん」さんの記事への批判について、
「他陣営にも言え」と批判対象の拡張を要求する反応が出ること自体、自陣営への批判を党派性によって受け止めにくくする力学を、一例として可視化しているようにすら思える
と書きました。
「右翼にも言え」という反応から、その人がなぜそう反応したのか、その背景に「党派性によって内部批判を受け止めにくくする力学」があるとまで判断するには、十分な根拠がありませんでした。
この評価を撤回します。
相手の発言から、その背景にある心理や力学まで根拠以上に読み込み、それを公に評価したことについて、お詫びさせてください。申し訳ありませんでした。
「りんごのうえん」さんの記事を擁護したことについて
私は「りんごのうえん」さんの記事を紹介しただけではありません。
上に掲載した私自身の投稿で、記事への批判に反論し、「反差別を掲げる左派の内部にも精神障害者差別が存在する」という記事の問題設定をかなり強く支持しました。
それは私自身の判断で行ったことです。
記事は、「サイコパス」「狂気の沙汰」などについて「精神障害者へのヘイトスピーチ」とし、公共の場で差別語を使って罵倒することを「差別でしかない」と認定しています。
私の問題は、記事のどの主張までを自分自身の判断として支持するのかを十分に吟味しないまま、記事全体を強く擁護したことです。
自分がどの命題に賛同し、どこから先は自分では十分に検討していないのかを明確に区別しませんでした。
自分で十分に検討していない強い認定まで、私自身が支持しているように読める発信をしたことを訂正します。
自分が支持する範囲を十分に吟味し、明確にしないまま記事全体を強く擁護する発信をしたことについて、お詫びさせてください。申し訳ありませんでした。
おわりに
以上のとおり、
「キチガイ」と「バカ」の違いについて、根拠以上に一般化した説明。
「バカは選挙行くな」の事例について、紹介された当事者の経験を示すことで、私自身による「知的障害者差別」「加害」という認定まで十分に論証したかのように扱ったこと。
オオエタツオさんの発言について、「指摘されている問題を再生産している」と認定したこと。
「他陣営にも言え」という反応の背景に、十分な根拠なく「党派性」の力学まで読み込んだこと。
これらの発言と評価を撤回し、それぞれについてお詫びします。
また、「りんごのうえん」さんの記事を擁護した際、自分がどの認定まで十分に検討し、支持しているのかを明確に区別しないまま発信したことを訂正し、お詫びします。
申し訳ありませんでした。