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誰が彼女たちの思考を奪ったことにしたのか―「共産オルグ腐女子」という物語

Break the Frame@サリー
·
公開:2026/9/4

2026年9月のはじめ、XでBlueskyについて奇妙な言説が広がっていました。

Blueskyは左翼ばかりのエコーチェンバーになっている。そこに移った「女オタ」や「腐女子」が、左翼や共産主義者に「オルグ」されている――というものです。「共産オルグ腐女子」という言葉まで使われています。※1

※1 「腐女子」は、BL・やおいなどを好む人々による自己呼称として広がり、現在も使われています。また、「女性オタク」全体と同義ではありません。「腐女子」という呼称については、その語自体の成り立ちや、「腐」という表現が男性同士の恋愛表現と結びついて用いられてきたことをめぐって、現在もさまざまな議論があります。ここでは、今回検討する言説の中で実際に「腐女子」「共産オルグ腐女子」などの呼称が用いられているため、その言説を検討するための名称として使用しています。

さらに、「『共産オルグ腐女子』みたいなアカウント群」が、イランについて「日本がダメすぎてイランから気を使われてる」と受け取っているとして、「完全に取り返しが付かないことになってる」と評する投稿も大きく拡散しました。

Blueskyの政治情報環境が左寄りだという指摘自体は、まったく根拠のない話ではありません。

しかし、

左寄りの情報環境があること。

  • そこで人が政治的な影響を受けること。

  • 誰かが意図的に政治的な働きかけをすること。

  • 政治組織が組織的に勧誘・組織化すること。

  • その結果、本人の政治的判断を本人のものではないと扱えること。

これは全部、別の話です。

しかも、今回の言説には「男オタと違ってソースを調べない」といった説明まで現れます。

女性や、女性と結びつけて語られてきたファン文化が政治的な発言をしたとき、なぜそれが本人の判断ではなく、「誰かにそうさせられた結果」として説明されるのでしょうか。

本稿で考えたい中心的な問題はここです。

Blueskyがどれほど左寄りなのか、SNSの情報環境が政治的態度にどこまで影響するのかも確認します。しかし、それらはこの問いを考えるための補助線です。

問題にしたいのは、女性や「腐女子」と呼ばれる人々の政治的判断が、なぜこれほど簡単に「誰かに考えさせられたもの」として扱われるのか、ということです。


「共産オルグ」は、何を指しているのか

まず、「オルグ」という言葉を整理しておきます。

「オルグ」は、政党や労働組合などで、宣伝や勧誘、組織化、組織の拡大や調整などを行うことを指して使われてきた言葉です。

少なくとも辞書上、「オルグ」はそれ自体で「洗脳」や「騙して思想を変えさせること」を意味する言葉ではありません。

「共産オルグ腐女子」という言葉を実際に検討しようとすると、もう一つ問題が出てきます。

ここでいう「共産オルグ」が、そもそも何を指しているのかがかなり曖昧なのです。

今回確認した周辺の言説には、「共産主義のオルグ対象」「今回のターゲットは女オタ」といった表現があります。

一方で、「仲のよいフォロワーから流れてきた情報を信じる」といった、SNS上の人間関係による影響そのものを「取り込まれる」過程として説明するものもあります。

また、「共産」という言葉が、日本共産党という特定政党を意味しているのか、「共産系」「左派」などをもっと漠然と指しているのかも一定していません。

そこで本稿では、「共産オルグ」を少なくとも三つのレンジに分けて考えます。

1. 狭い意味―特定の政治組織による組織的なオルグ

もっとも狭く読むなら、日本共産党などの特定の政治組織が、「女オタ」「腐女子」と呼ばれる人々を対象として、意図的に勧誘・組織化しているという意味です。

この意味で「オルグされた」と主張するのであれば、必要なのは、その組織が存在するという事実ではありません。

誰が、誰に、どのような目的で、どのような働きかけをしたのかという具体的な証拠です。

日本共産党が一般に入党や政治参加を呼びかけていること自体は公然としています。

しかし、政党が一般に組織拡大活動をしていることと、今回「女オタ」「腐女子」と呼ばれている人々を対象に組織的な働きかけを行い、その結果として現在の政治的な発言や参加が生じたことは別の命題です。

今回確認した公開資料の範囲では、後者を認定できる具体的な証拠は確認できませんでした。

なお、本稿では「左翼」「共産主義者」などの広い呼称と、日本共産党という特定の政党を同一視しません。特定政党による組織的活動を主張するのであれば、その政党との具体的な関係を示す証拠が必要です。

2. 中間の意味―複数の政治的主体による意図的な「取り込み」

もう少し広く読むこともできます。

特定の政党が直接組織化しているわけではなくても、複数の活動家やアカウントなどが、一定の共通目的のもとで女性オタクのコミュニティを対象に選び、意図的に政治的な働きかけを行っている、という意味です。

実際、今回確認した言説には「今回のターゲットは女オタ」といった表現があります。

しかし、「女オタがターゲットにされている」という投稿は、「女オタが実際にターゲットにされていること」の証拠ではありません。

それは、まさに検証されるべき主張そのものです。

この意味で意図的な「取り込み」が行われていると認定するためには、誰が働きかけているのか、どのような目的があるのか、誰を対象としているのか、どのような手法が使われているのか、複数の主体が関わるのであればそこにどの程度の連携があるのか、といった事実を別途確認する必要があります。

今回確認した公開資料からは、女性オタクや腐女子と呼ばれる集団について、そうした意図的な取り込みが行われていると認定するに足る具体的な根拠は確認できませんでした。

3. 広い意味―SNSや人間関係を通じて左派的な影響を受けること

さらに広く「オルグ」を使っている可能性もあります。

ここでは、少なくともいくつか異なる現象が考えられます。

  • 自分と近い関心や政治的立場を持つ人々とつながり、その結果として似た情報に多く接すること。

  • 仲のよいフォロワーなど、他者との日常的な関係を通じて政治的な情報や意見の影響を受けること。

  • SNSのフィードや推薦など、プラットフォームの設計によって、特定の情報への接触が増減すること。

これらは、それぞれ作用の仕組みが違います。

しかし、今回の「オルグ」という言葉が、こうした情報環境や社会的関係を通じた政治的影響まで広く含めているのであれば、話は変わります。

この意味で人が政治的な影響を受けること自体は、十分にありえます。

人はSNSだけでなく、家族、友人、学校、職場、ニュース、政治運動、ファンダムなど、さまざまな場所から影響を受けながら考えています。

また、SNSは単なる「人と人との会話の場」でもありません。

どの情報が目に入り、何を繰り返し見るのか。誰とつながりやすいのか。どの投稿が拡散されるのか。そうしたプラットフォームの設計も、人が置かれる情報環境を形づくります。

だから、SNSによる政治的影響を軽く扱う必要はありません。

ただし、ここまでを一括して「オルグ」と呼ぶと、意図的な働きかけと、自然に生じる人間関係上の影響と、プラットフォームによる情報環境の形成が、同じ言葉で処理されることになります。

つまり、「共産オルグ」を狭く取れば、その具体的な組織活動を示す証拠が必要です。

中間に取れば、「女オタが狙われている」という主張とは別に、実際の意図的な取り込みを示す証拠が必要です。

広く取ってSNSや人間関係から政治的な影響を受けること一般まで含めるなら、その現象自体はありえます。

しかしその場合、問題になるのは、なぜその現象を「オルグ」と呼ぶのかです。

では、そのもっとも広い意味での「政治的な情報環境」について、Blueskyでは実際に何が分かっているのでしょうか。

Blueskyは本当に「左翼のエコーチェンバー」なのか

2025年にPLOS ONEに掲載された研究は、2023年2月から2024年5月までの約500万のBlueskyアカウントを分析しています。海外のSNS研究は盛んで、今回は英語ソースをいくつかはりますが、面白いのでご関心のある方はぜひ翻訳ツールを使って読んでみてください。

この研究では、Media Bias/Fact Check(MBFC)によるニュース媒体の政治傾向分類を使っています。

共有したニュース媒体から政治的傾向を推定できた利用者では、75.3%が中道より左に分類され、とりわけ多いのは中道左派でした。

ただし、これはBluesky利用者全員に政治的立場を尋ねた世論調査ではありません。

政治的傾向も本人の自己申告ではなく、共有したニュース媒体の傾向から推定したものです。

また、利用者本人と周囲の利用者の政治傾向を詳しく比較したネットワーク分析では、一定数以上の政治的ニュースドメインを共有した利用者に対象を絞っており、該当したのは約4万3000人です。

したがって、

「Blueskyで政治ニュースを共有する利用者には、中道左派を中心とする左寄りの傾向がある」

とは言えても、

「Blueskyユーザーの大半は左翼である」

とまでは言えません。

また、「左寄り」と「エコーチェンバー」も同じではありません。

PLOS ONEの研究では、イスラエルとパレスチナをめぐる議論など特定の争点で、似た立場の利用者どうしが結びつく傾向が確認されています。一方、共有されるニュース媒体全体について、左右二極に強く分かれた構造が確認されたわけではありません。

2026年の別の研究でも、その要旨によると、Bluesky、Mastodon、Truth Socialの政治的議論における返信ネットワークを比較し、BlueskyとMastodonではTruth Socialより相対的に弱いエコーチェンバー効果が観測されたと報告されています。

ここで、Blueskyのフィード設計についても触れておきます。

Blueskyには、フォローしたアカウントの投稿を時系列で表示する「Following」があります。一方で、運営側の「Discover」や、第三者が作成するカスタムフィードなど、アルゴリズムによって投稿を選ぶフィードも存在します。

Bluesky自身は、単一の推薦アルゴリズムに利用者を委ねるのではなく、利用者自身が複数のフィードやアルゴリズムを選べることを「algorithmic choice」と位置づけています。

したがって、「Blueskyにはアルゴリズムがない」と単純に言うこともできません。

一方で、Xの「For You」のような中央の推薦フィードが利用体験の中心となる設計と、Blueskyで利用者が複数のフィードを選択できる設計も同じではありません。

そしてもちろん、「選べる」ことそれ自体が、利用者が実際に多様な情報へ接触していることを保証するわけでもありません。

ここで確認したいのは、こうした研究や設計から何について言えるのかです。

Blueskyについては、政治ニュースの共有に左寄りの傾向があることや、特定争点では似た立場の利用者どうしが結びつく現象が確認されています。

それは、政治的な情報環境を考えるうえで無視する必要のない事実です。

しかし、

「情報環境が左寄りである」という命題と、「誰かが利用者を意図的に取り込んだ」という命題は、そもそも種類が違います。

後者を主張するのであれば、利用者の政治的傾向ではなく、誰が、誰に、どのような働きかけをしたのかという証拠が必要です。

また、そこで観測された政治的な偏りが、似た傾向の利用者がBlueskyを選んだことで生じたのか、人間関係を通じて形成されたのか、プラットフォームの設計によって生じたのかも、それぞれ別に検証する必要があります。

Bluesky研究は「共産オルグ」の反証ではありません。

同時に、「共産オルグ」の証拠でもありません。

情報環境についての研究は、情報環境についての証拠なのです。

では、政治的な影響まで「オルグ」と呼ぶのか

ここで、先ほどの三つ目の意味に戻ります。

「オルグ」を、政治組織による勧誘や意図的な取り込みではなく、SNS上の情報環境や人間関係から特定方向の政治的影響を受けることまで含む言葉として使う場合です。

この意味なら、反証の際、政治的な影響そのものを否定する必要はありません。

むしろ、プラットフォームの設計が政治的態度の形成に作用しうることは、真剣に考えるべき問題です。

そのことがよく分かるのがXです。

2026年にNatureに掲載された研究は、2023年の米国X利用者4,965人を対象に、7週間にわたってアルゴリズムフィードと時系列フィードを無作為に割り当てました。

それまで時系列フィードを使っていた参加者をアルゴリズムフィードへ切り替えた場合、保守的な政治コンテンツへの接触が増え、一部の政治的態度が平均的に保守方向へ変化しました。

一方、逆方向の切り替えでは対称的な態度変化は確認されず、政党支持そのものや感情的分極化にも明確な変化はありません。

これは2023年の米国という限定された条件での研究です。2026年の日本についての研究でもなければ、「極右化」や「ネトウヨ化」を示した研究でもありません。

それでも重要な結果です。

少なくとも特定の条件では、プラットフォームがどの情報を推薦するかによって、人の政治的態度の一部が実際に変化したことまで因果的に確認されているからです。

さらに、Twitter自身の研究チームを含む研究では、2020年の日本を含む7カ国について、アルゴリズム型タイムラインと時系列タイムラインを比較しています。

その結果、ドイツを除く6カ国で、主流右派政党の政治家の投稿が主流左派より強く増幅される傾向が確認されました。

もちろん、この研究から「現在の日本のXは利用者を右翼にする」とは言えません。

しかし、プラットフォームによる政治的影響を「人は誰でも周囲から影響を受けるものだ」と片づけることもできません。

何を見せ、何を見えにくくするのか。

何を繰り返し推薦するのか。

どんな情報への接触を増やすのか。

プラットフォームがその環境を設計する力は、ときに政治的態度そのものにまで作用しえます。

Blueskyについて、SNS上の情報環境や人間関係から特定方向の政治的影響を受けることまで「オルグ」と呼ぶのなら、同じ物差しでは、Xでアルゴリズムへの曝露によって政治的態度が保守方向へ動いた事例も、「保守方向へのオルグ」の一例として数えなければ整合がつきません。

とはいえ本稿では、そのような現象まで「オルグ」と呼ぶべきだと主張したいわけではありません。

むしろ、ここに「オルグ」という言葉をそこまで広げることの問題があります。

Xについては、限定された条件ながら、プラットフォーム上の情報環境への曝露によって政治的態度の一部が実際に変化したことまで確認されています。

政治的態度の変化まで因果的に確認された場合でさえ、それだけでは、特定の政治主体による「オルグ」があったことの証拠にはなりません。

なぜなら、プラットフォームによって政治的態度が変化したことと、特定の政治主体がその人を狙って勧誘・組織化したことは、別の現象だからです。

どちらも軽視できない政治的影響です。

しかし、作用の仕組みは違います。

ここで必要なのは、プラットフォームの影響を過小評価することではなく、異なる種類の政治的影響を「オルグ」という一語で混同しないことです。

ここまで来ると、「共産オルグ」という言葉が抱える問題もはっきりします。

「オルグ」を狭く取るなら、必要なのはBlueskyの情報環境についての研究ではなく、誰かによる意図的な働きかけの証拠です。

「オルグ」を広く取って、SNS上の情報環境や人間関係から政治的な影響を受けることまで含めるなら、「オルグ」はもはや組織的な取り込みと、より広い政治的影響を区別する言葉ではなくなります。

そしてその場合、政治的影響そのものはありえますが、もはやそれを「オルグ」と呼ぶことで特別な何かを説明したことにはなりません。人が情報環境や人間関係から政治的影響を受けることは、左派にもBlueskyにも固有の現象ではないからです。

では、なぜ女性オタクや「腐女子」と呼ばれる人々については、その政治的影響が「取り込まれた」「オルグされた」という言葉で説明されるのでしょうか。

なぜ「オルグされた腐女子」なのか

こうした見方は、9月に突然現れたわけではありません。

少なくとも2026年春から9月にかけて、女性オタクや腐女子と呼ばれる人々の政治的な発言を、「オルグ」や「取り込み」と結びつける言説が断続的に確認できます。

先ほども埋め込みましたが、3月の言説には、Bluesky上の女性オタクについて「共産主義のオルグ対象」としたうえで、「男オタと違ってソースを調べない」と説明するものがありました。

本稿が検討しているのは、投稿者個人の人格や内心ではありません。

公開された言説の中で、何がどのように説明されているのかです。

今回検討している言説では、女性オタクと男性オタクが明示的に比較されています。

男性側は「ソースを調べる」側に置かれ、女性側は情報を自分で確かめず、仲のよい人から流れてきたものを信じ、政治的な働きかけに取り込まれやすい側に置かれています。

ここで働いているのは、女性オタクを男性オタクより「ソースを調べず、周囲に流されやすい」側へ置く説明枠組みです。

さらに、今回のまとめで使われている「腐ェみいちゃん」という表現にも注意が必要です。

「みいちゃん」は漫画『みいちゃんと山田さん』の登場人物に由来し、全国手をつなぐ育成会連合会は、現実にこの呼称が知的障害や発達特性のある女性を揶揄・侮辱する言葉として使われている事例を確認しています。

「腐ェみいちゃん」という造語も、『みいちゃんと山田さん』をめぐる言説の中で使われており、女性オタクやフェミニストへの揶揄に加えて、知的・発達上の特性を認知能力の低さと結びつけて侮辱する差別的な含意を帯びています。

「ソースを調べず、取り込まれやすい女性」という像に、知的・発達上の能力を侮辱の材料とする表現まで重ねられていることになります。

これは単なる左派批判や共産主義批判だけではありません。

女性を男性よりも、自分で情報を吟味し、自分で政治的判断をする能力の低い側へ配置する、女性蔑視的なフレームです。

しかも、このフレームが奪うのは「正しく判断できる女性」という像だけではありません。

女性が、自分の頭で考えたうえで政治的に間違える可能性まで奪います。

女性だって誤情報を信じます。

プロパガンダの影響も受けます。

事実認識を間違えることも、政治的な判断を誤ることもあります。

性別は関係ありません。

ところが、女性や「腐女子」と呼ばれる人が政治的に間違っていると見なされたとき、その間違いそのものを検討するより先に、

「誰かに吹き込まれた」

「仲間内に流された」

「オルグされた」

と説明してしまえば、その判断は最初から本人のものではなかったことにできます。

ここで、政治的な影響と主体性についても区別が必要です。

影響を受けることと、主体性を失うことは同じではありません。だからといって、影響の大きさを無視してよいわけでもありません。

情報環境や人間関係、プラットフォームの設計が、人の認識や政治的態度に強く作用することはあります。

主体性を認めることと、その主体が置かれている環境の力を検討することは両立します。

政治的な組織化についても同じです。

政党が支持や入党を呼びかける。労働組合が加入を勧める。市民運動が集会への参加を呼びかける。

そのことだけで、本人の主体性が失われるわけではありません。

問題になりうるとすれば、例えば、嘘をつく、所属や目的を隠す、脅す、依存関係につけ込む、異論や離脱を許さないといった方法が使われた場合です。

だから、

誤った情報を信じているなら、その誤りを示せばいい。

政治的な働きかけがあったなら、その事実を示せばいい。

意図的な取り込みがあったなら、その具体的な方法を示せばいい。

強制や欺瞞があったなら、何が問題だったのかを示せばいい。

「女オタだから」「腐女子だから」は、そのどれの証拠にもなりません。

そして、「オルグされた」という説明は、本人の自己説明さえ最初から無効化できます。

本人が「この資料を読んだ」「この出来事を知った」「こう考えて、この意見になった」と説明しても、

「いや、本当は周囲に流されただけだ」

「オルグされたからそう思っている」

と外側から上書きできてしまうからです。

こうなると、本人の言葉を聞く必要さえなくなります。

女性の政治的主体性を認めるとは、その判断を常に正しいものとして扱うことではありません。正しいときも、間違っているときも、まずその判断を本人のものとして扱うことです。

少なくとも今回検討している言説では、男性オタクは「ソースを調べる」側に、女性オタクは「取り込まれる」側に置かれていました。

ここでは、男性は「その思想を持っている人」として扱われる一方、女性は「その思想を持たされた人」として描かれています。

「イランから気を使われている」は、何を指していたのか

では実際に、「共産オルグ腐女子」という言葉が大きく拡散したイランの話で、この考え方を使ってみます。

9月のある投稿では、

「『共産オルグ腐女子』みたいなアカウント群が『日本がダメすぎてイランから気を使われてる』路線に行ってて、完全に取り返しが付かないことになってる」

と評されていました。

しかし、この受け止めが間違っているのであれば、本来やるべきことはそれほど複雑ではありません。

何が事実で、どこからが解釈なのかを分ければいいのです。

イラン側から日本の反戦運動への応答は、実際に確認できます。

3月19日、駐日イラン大使館の公式Xは、大阪で行われた反戦行動についての投稿を引用し、参加者へ謝意を示しました。

少なくとも、日本国内の反戦運動がイラン側に認識され、駐日イラン大使館が公式アカウントから応答していたことは事実です。

また8月29日には、アラグチ外相が共同通信の取材に対し、米軍三沢基地に所属するF16戦闘機が対イラン作戦のため中東に展開したとの報道に触れ、「平和を愛する日本の人たちは米国の犯罪について、日本政府に説明責任を問うべきだ」と述べました。

しかし、ここから「イランが日本人の平和主義者を気遣っている」と評価するかどうかは別です。

駐日大使館による謝意も、外相による日本社会への呼びかけも、国家による外交的な発信です。「気遣い」「友情」といった意味まで読み込むなら、その部分は事実ではなく解釈として検討できます。

また、イラン政府を無批判に扱う必要もありません。

Human Rights Watchの2026年版報告では、抗議運動への弾圧、恣意的拘束、拷問、死刑、女性への強制ヒジャブ政策、性的少数者への刑事処罰などが指摘されています。

ただ、米国やイスラエルによる軍事行動を批判することと、イラン政府による人権侵害を批判することは両立します。

そして、イランについての個々の投稿に、事実認識の誤りや外交的レトリックの過大評価があるなら、それは具体的に批判できます。

ただし、そこに「腐女子だから」という説明を一度も持ち込む必要はありません。

事実関係を間違えているなら、事実関係を訂正する。

外交的な発言を過大評価しているなら、その評価を批判する。

誤りがあるなら、誤りそのものを批判すればいいのです。

最後に―誰が彼女たちの思考を奪ったことにしたのか

本稿で取り扱った論点をおさらいします。

  • 「共産オルグ」という言葉は、少なくとも、①特定の政治組織による組織的な勧誘、②左派的な人々やネットワークによる意図的な取り込み、③SNS上の情報環境や人間関係から政治的な影響を受けること、という三つのレンジに分けて考える必要があることを確認しました。

  • 狭い意味での組織的なオルグを主張するなら、誰が誰にどのような働きかけをしたのかという具体的な証拠が必要です。今回確認した公開資料からは、女性オタクや腐女子と呼ばれる人々を対象にした、そのような組織活動までは確認できませんでした。

  • 中間の意味で、左派的な人々が女性オタクを意図的に「ターゲット」にしていると主張する場合も、「女オタがターゲットだ」という言説そのものとは別に、実際のターゲティングを示す証拠が必要です。今回確認した資料からは、そこまでは認定できませんでした。

  • Blueskyでは、政治ニュースを共有する利用者や共有される媒体に中道左派を中心とする左寄りの傾向があり、特定の争点では似た立場の利用者どうしが結びつく現象も確認されています。ただし、それは情報環境についての証拠であり、それ自体が意図的な「取り込み」や組織的な「オルグ」の証拠になるわけではありません。

  • SNSや人間関係から政治的な影響を受けることまで広く「オルグ」と呼ぶなら、政治的影響そのものは十分にありえます。Xについては、限定された条件ながら、アルゴリズムへの曝露によって一部の政治的態度が保守方向へ変化したという因果的な証拠まであります。それでも、政治的態度が動いたことと、特定の政治主体による勧誘や組織化は別の現象です。

  • したがって、情報環境から影響を受けること、誰かが意図的に取り込むこと、政治組織が組織化すること、本人が自分で考えられなくなることは、それぞれ区別して考える必要があります。

  • イランをめぐる言説についても、駐日イラン大使館が日本の反戦運動に応答していた事実と、それを「日本への気遣い」と評価することは分けて検討できます。事実認識や解釈に誤りがあるなら、その内容を具体的に批判できます。「腐女子だから」という説明を持ち込む必要はありません。

  • そして今回検討した言説では、女性オタクについて「男オタと違ってソースを調べない」という説明が実際に用いられていました。男性オタクは「ソースを調べる」側に、女性オタクは「取り込まれる」側に置かれています。

ここまで確認すると、最後に残る問題はかなりはっきりします。

女性が政治について語り、その判断が間違っていると思うなら、その内容を批判すればいい。

誰かから影響を受けたのなら、その影響を検討すればいい。

意図的な働きかけがあったのなら、その事実を示せばいい。

それでも、「女だから流された」「腐女子だからオルグされた」と説明する必要はありません。

少なくとも今回検討した言説では、男性は「その思想を持っている人」として扱われる一方、女性は「その思想を持たされた人」として描かれていました。

女性が、自分の頭で考えたうえで政治的に間違える可能性まで、そこで奪われています。

本稿で確認した範囲では、彼女たちの思考が誰かに奪われたと認定できる根拠は見つかりませんでした。

見つかったのはむしろ、女性が政治について語り始めたとき、その思考を本人のものとして受け取らず、別の誰かの影響へと回収してしまう説明の仕方でした。

誰かに思考を奪われたことが確認されたのではありません。

「オルグされた女」という物語の側が、彼女たちの思考を、本人のものではないことにしているのです。


更新履歴

2026/9/5 「腐女子」の注釈を追記修正。

@sallypenguin
サリーといいます。普段はBlueskyに生息しています。 bsky.app/profile/sillysallypenguin.bsky.social