ケーキを配る人

sanagi_yuragi
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公開:2025/12/25

喫茶店で働いている。ケーキがおいしいお店。昔からいてくれているパティシエさんが毎日手作りしている。大きくてずっしりしたクリームケーキが一番人気で、ショーケースにいつもキラキラ並んでいる。てっぺんには季節によって違うフルーツがトッピングされている。12月はいちごだ。いちごとホイップクリームが交互に背丈をそろえている様子が洗い場ごしに見えて、この季節はうれしい。

普段は四角いカットケーキだけを売っているけど、クリスマスだけ、ホールケーキを予約することができる。昨日はクリスマスイブだったから、予約されたホールケーキたちが完成していくのを間近で見ることができた。冷蔵庫から次々と顔を出す、のっぺらぼうの大きなケーキ。絵を描くようにホイップクリームといちごが彩られて、クリスマスの日だけの特別なトッパーがその上にちょこんと座す。サンタさんがにこにこしている真っ赤な箱に、彼らはぴったり収まる。

おやつの時間を過ぎたころから、ちらほらと予約のお客さんが扉をたたくようになる。ほとんどが常連さん。何十年も通っているおばあちゃんとか、家族で好いていてくれる人もいる。みんななんだかいつもより雰囲気がほぐれていた。お客さんの名前のレシートを挟んである箱を棚から出して、お客さんに中身が見えるようにちょっとだけ開けてみせる。こちらでお間違いないですか?と言い切る間もなく、お客さんの表情がふわっとほころんで、はい、って返ってくる。箱を閉め直す手に、力がぎゅっと入る。箱を紙袋に入れて、さらにビニール袋をかぶせて(いつもは紙袋だけなのだが、この日は雨が降っていたから)、レジのすき間から、お客さんに差し出す。

その瞬間、お客さんと私が、同時にその袋に触れる。袋を介して、お客さんの中にずっとたまっていた期待と、お店の人たちがケーキにこめたまごころがつながる。ピンク色の電気。その通電を、袋に触れる両手にびりびり感じて、あぁ、と思う。

演劇のサークルに入っている。漠然と、演劇という表現媒体に惹かれて、入団した。私が今まで出会ったことのない種類の人たちが、見たことのない方法でコミュニケーションをしていて、とても面白い。けど、そのぶんカロリーが高くて、大変なときもある。と、思っていた。

先日、サークルの定期公演の脚本と演出を担当させてもらう機会があった。嬉しかった反面なにもかもが未知で、私の手に余るのではないかと思っていた。はずなのに、すべてが終わった今の私に残っているのは、幸せのみである。

一つのことに、こんなに純粋な正の感情を抱けることが本当にあるのかと、衝撃だった。つい周りをきょろきょろして、ほんとに大丈夫ですか?って聞きたい感じだった(誰に?)。普段は人に会うとメンタルを消耗するのだが、なぜか公演の稽古には出席するとメンタルが回復した。自分の作品なんて普段は読み返したくないのに、完成した舞台は終わるのがさみしくてたまらなくて、何度だって観たいと思った。

私の書いた脚本は、あくまでフィクションでしかない。証明された価値などないし、大切にする義務もない。それなのに、みんなが大切に扱ってくれる。とても新鮮な体験だった。私のつくったキャラクターを、生きた人として扱ってくれる。私以上に、彼らと向き合ってくれる。そんなみんなのことを見ていると、私の知らない彼らが見えるようで、書ける世界がどんどん広がった。広げた世界をまたみんなに見てもらって、あらわしてもらって、と、どんどん続いていく応酬がとても楽しく、うれしく、奇跡のようだった。

完成した舞台を観に来てくれるお客さんは、そんな過程は何も知らずに、75分きっかりの情報だけを観る。そして各々の感想を持ち帰る。私たちが伝えたいことをほとんどその通りに受け取ってくれる人もいれば、思いもよらないような見方をしてくれる人もいたし、あんまり響かなかった人もいれば、いい意味でも悪い意味でも想像以上に心動かされてくれる人もいた。コントロールのできなさは恐怖でもあるけれど、とても自由だ。人の数だけ未知がある。私の小さな妄想から、数えきれないほどたくさんの、世界が生まれる。

私の身体からもぎ取った超絶小さな果実から、みんなと材料を集めたり連携プレーをしたりして、一つの大きなホールケーキを作る。誰も見たことのない、とってもきれいなケーキ。みんな見とれちゃうけど、それはおなかがふくれることはない嘘ケーキだ。なのに、なぜかみんな、ケーキだと、感じてくれる。噓ケーキはみんなの身体に取り込まれて、新しい血肉になる。

その過程の中にいられることが、とても幸せなのだ。そう実感した。

私は、ケーキを配る人になりたい。舞台でなくてもいい、クリスマスケーキでもいいけれど、私が訪れたいろんな街や森で、いいなと思った果物とかお砂糖とか小麦とかを集めて、みんなと協力して、おっきくてカラフルなケーキを作る、それを、おいしそうやんって思ってくれるみんなに振舞いたい。私のケーキは彼らの舌でそれぞれはじけて、明日の栄養になって、私の知らないたくさんの人生が、無限に広がっていく。

そういうことがしたい。

そういう営みの中にいたい。