「鬱は軽症のうちに行かないと一生治らなくなる」といった旨の投稿がバズっていて、その理論だと倒れるギリギリまで(あるいは倒れてもなお)学校に通っていた私は、一生良くならないのだろうか、とぼんやり思った。
高校が好きだった。一番毎日が楽しかったし、具体的な目標に向かって努力する日々は充実していた。でも私の身体は、学校生活を満喫することを許さなかった。そもそも小学生頃から慢性的に鬱傾向があったし、虚弱体質だったにもかかわらず、週六の部活に入って、学業も両立して国立大を目指す、なんてことをしようとしたのが間違いだったのかもしれない。
でもたぶん、時間が巻き戻るとしても同じことをしてしまう。かけがえない時間だった。だから、奪われたのが今でもずっと許せない。誰を許せないというのだろう。教育熱心だった両親だろうか、期待を寄せてくれた先生だろうか、あるいは頑なに国立大学の受験に固執して、妥協しなかった自分だろうか。たぶんどれも違う。あえて言うなら運命かもしれないけれど、これは必然だったとも思う。
仮に大学受験を無事に終えられたとして、別の段階で結局私は壊れていただろう。それならいっそ、高校に入学する前に壊れてしまえばよかったのに。それならもっと早く社会に復帰できて、もしかしたら大学にも通えていて、普通に働けていたかもしれない。……こんなことを考えたって無駄なのはわかっているけれど、何度もそのイフに思いを馳せては、自分の現状に悲しくなる。
治るのか否か、という点でいえば、完全に治る日は来ないんだろうな、と、諦めている。ポジティブにいえば、もう病と闘おうとするのはやめて、どうにか共存して生きていこうと思っている。もうレールは外れて転がり落ちてしまったから、ぼろぼろになった身体をどうにか引き摺りながら、倒れては起き上がって進んでいく。
社会と隔絶した部屋で、薬に頼り、母に介抱されながら、漠然と生きている。通信制大学に通ってはいるし、課題もしてはいるけれど、頻繁にはできないし、すぐに疲労してしまう。大学の友達は、優しいし大好きだけど、コミュニティに属せているかと問われたら否だ。そういう閉ざされた生活をしていると、どんどん怖いものが増えていく。
年齢のわりにできないことが多すぎて恥ずかしく思う。自分の能力自体はさほど悪くないはずだけれど、何しろ体力がないし、それ以前に不安障害の症状が強くてまともに働けそうにない。周りはもう社会人で、学生だった友人もそろそろ就職していくし、4つ下の妹も就活を始める。とにかく体力だけでも、と思っているけれど、出掛けたらすぐに疲れるし、翌日以降しばらく寝込んだりする。継続できない。しかもそんな毎日を何年も繰り返しているので、体力は落ちる一方だ。本当に頑張らないといけない。頑張ることが辛いのに、頑張らないといけないことだらけで嫌になる。
障碍者向けの就労支援は学生では使えないらしいのだが、もう4年目になるのに卒業まであと50単位くらい必要で、卒業がいつかわからない。今年の取得単位は、全力を尽くしたものの20単位ほどだったので、あと2年で卒業できるかと考えると、何とも言えないところにいる。その後、就労支援を受けることができても、就労経験がないので職にありつくには時間がかかるだろう。卒業時点でアラサーなのは確定だし、あっという間に30代になりそうで恐ろしい。これが私の人生か。目も当てられないひどい人生。
結婚、出産、とかいうライフステージは、自分とはもう縁がないものだと諦めている。私のパートナーになる人も、私の元に生まれて育てられる子も可哀想だ。じゃあ一人で生きていけるかと問われるとそれは無理で、それならずっと母に支えてもらえるかと言われたらそれも無理だし、何より早く私という枷から母を解放したい。その焦りにも苦しめられる。とはいえ自殺を選んだら母は自責してしまうだろうから、どれほど惨めでも生きなければいけない。
将来のことも、過去のことも、考えるだけ無駄だ。結局今できることを、やれるだけやるしかないのはわかっている。わかっていても、書きたいときはある。それだけの文章。