先日の東京都知事選にも出馬していた安野貴博の最新作『松岡まどか、起業します──AIスタートアップ戦記』を読んだ。
早川書房の商品ページの紹介文は以下のとおり:
日本有数の大企業・リクディード社のインターン生だった女子大生の松岡まどかは、突然内定の取り消しを言い渡される。さらに邪悪なスカウトに騙されて、1年以内に時価総額10億円の会社を起業で作らねばならず……!? 令和、AI時代のスタートアップ快進撃!
ハヤカワのnoteでは全5話のうち最初の1話を読むことができる:
自分自身、シードラウンドではないがスタートアップで働くソフトウェアエンジニアであり、また、大学院時代にマルチエージェントシミュレーションの研究室で集合知を研究していたこともあり、共感できる部分が多かった。はじめは少しずつ読んでいたのだが、後半からは止まらなくなって一気に読んでしまった。
安野氏のデビュー作『サーキット・スイッチャー』もそうだが、本作も同氏の経営者やAIエンジニアとしての経験が色濃く反映されており、スタートアップにまつわるドラマがリアリティ高く描かれている。もちろんフィクションならではの演出もあるのだが、現実のスタートアップの逸話なんかをもとにしており、「ありそう」と思わせるだけの説得力がある。こうリアリティが高いと、技術面にちょっとでも嘘や飛躍があるだけで白けてしまうものだが、その点同氏に関しては安心して読むことができる。
『サーキット・スイッチャー』とのもう1つの共通点として、主人公たちの目の前で巻き起こる課題とその解決のドラマをテンポよく描きながら、より大きな社会問題にも焦点を当てているという点がある。『サーキット・スイッチャー』のときは、物語とのからめ方が上手いと思っただけだったが、本作でも同様の問題に焦点を当てていること、また、都知事選への出馬で現実にその問題への取り組みを訴えていることを受けて、単なる物語上の味つけではなく、むしろそこに作者の強いこだわりがあるのだと感じた。前作のAIと対照的なのもよい。
一方で、本作に関しては表だって「SF」と銘打たれていないようなのは残念だった。『サーキット・スイッチャー』は「SFとしてはスケールが小さい」という理由でハヤカワSFコンテストの大賞を逃しており、安野氏にはその選評をくつがえす作品を個人的に期待していた。しかし、今作はむしろSFではなく一般エンタメに振りきったようだった。唯一、登場人物の川井田がAIの新手法について話す最後のセリフがSF的ではあるが、とってつけたような感じはいなめない。
ただ、作中でこれだけAIの話をしていながら、SFっぽくないと感じるのもおもしろい。AIの話はもはや現代の話なのである。数年前は「あらゆる企業がソフトウェア企業になる」と言われていたが、「あらゆる企業がAI企業になる」と言われる日もちかい、というか、本作で描かれているようにすでにそうなっているのかもしれない。