Xなら、ポストする時
インスタなら、ストーリーをあげる時
最近、怖くなる。
まあ、公開アカウントにしてる私が悪いのもあるけれど、誰に見られてるのかなと考えるとちょっとゾッとするよねって話。
Xに関しては、多分2月末までしか無料で使えないらしいし、これを機にやめちゃおうかななんて、実は思っていたり。でもAPUの生活も発信したいし、どうしよっかなって迷ってる。(ここ以外で言ったことはないけれど)
これは、ちょー現代人ワードな気がするけど
私は、「人間関係リセット症候群」ほどまでは行かないかもだけど、この症状?感覚?結構、わかるんだよね。
そもそもTwitterを始めたのは、ヒゲダンのオタク垢からだった。
好きなことを好きなように語り合って、盛り上がる。
ヒゲダンが好きなんだ!!っていう思いのおかげで、年齢も関係なく、場所を超えて、お友達ができた。
(その良さを中3の時に気づいたのもあって、高二の時、Twitterが人と繋がる手段として真っ先に浮かんだのかもしれない。)
ヒゲダンが大好きすぎて、そういえば中三のとき、永遠にヒゲダンを語り合うラジオとかやってたな。笑 完全なる黒歴史。
でも、あの時の私は楽しかったんだからいっか。
でもさ、オタクの世界も、色々あるのよ。笑
最初はただの仲良い友達だったのに、ラジオでハガキ職人レベルになっちゃって、ヒゲダンのメンバーからも認知される子とか。(これガチすごい)
で、みんな憧れちゃうもんだから、その子が遠くに行っちゃうわけ。
あれ、ただヒゲダンが大好きで喋ってただけなのに、なんでファン同士で、古参だの、認知されたの、なんだ言って競い合ってんだろって。
ちょっと窮屈になったの。
なので、高二の春くらいからその世界を少しずつ離れていきました。学校が忙しかったのもあったのもあるけれど。
でも、その世界から私が消えても、不思議なことに、ずっと仲良くしてることたちもいて。(一個上と仲良くなりやすいのはこの時からだったのかも)
これまで、この曲最高!とかヒゲダンしか勝たん!しか言ってなかった。
だから、私の違う一面(教育を変えたいんだ!とか)を知られたら、引かれるのかなとも思った。
でも、前使ってたアカウントをあまりにも動かしてなさすぎて、今使ってるSNSアカウントを教えざるを得なかった。
でも意外なことに、活動系の投稿すると「さくらカッコ良すぎるよ!!」とか
大学受かった時は、「おめでとう!!!!大学生なったらみんなでライブ行こうね!!!」とか。
いつもではなくとも、時々連絡をくれた。
昔みたいに毎日話すことはなくても、時々話すことが心地よい。
居たい世界も、関わる人も、飽きたら変えたくなる私。
そう、自分勝手。
でもその自分勝手があって、その時の私が求めている人たちと出会えている。
自分の幸せは、自分で掴む。
その癖は、自然と身についていたのかもしれない。
だからね、今使ってるSNSもいつか動かなくなるかもしれない。
すると周りは、あいつは所詮あのレベルだったんだよ。みたいに感じるのかもしれない。(知らんけど)
でもそんなこと言う人は、大して私のことも知らないし、私と似ていて、何かから逃げたいのかもしれない。
私にとって、逃げることは、新しい私を探す旅って感覚。
でも逃げたとしても、違う世界に行ったとしても繋がり続ける人たちは不思議といる。
きっとその人たちは、私の人生に欠かせない、大切な人たちなんだと思う。
そして、SNSをやめたくなる時、一つの世界から抜け出したくなる時、
不安もあるけど、何かが始まる感じがする。
だからまた、面白いドラマが生まれるのかもしれない。
それを、ずっと繋がり続けてくれている人たちには何かしらの形で届けたいなとは思ってる。
私の幸せを同じように幸せと感じてくれて
辛い時も心に寄り添ってくれる人が、家族以外にいてくれること、幸せなんだよな。
【結論】色んな人たちがいるけれど、SNSは程よく使っていきましょう。