「ゆとりがない」は問題なのか

satoshi
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ゆとり、遊び、余白、余裕、

そういう言葉で表現されている、白と黒の間のグラーデションはとても大事だと思う。特に創造する場では重要だと思う。

どんな時もゆとりを持つことが大事だと思っていた。

でも、仮にゆとりがなかったとして、それは問題なのか。

今、自分にはゆとりや余裕がないと思う。それは挑戦しているから。

熾烈な競争に身を置いて、鉄火場の最前線で刺し違える覚悟で戦っている。

もちろん思いやりも大切にしている。譲らない。

でも、ここで出会った仲間と呼べる人たちと共に仕事をし続けるために、会社を大きくする必要がある。

そのためには挑戦して競合と戦って勝たないといけない。

そこにゆとりはない。ゆとりがあれば、そこを刺されて負けるだろう。

『Think Globally, Act Locally』という言葉があるらしい。

地球規模で考えながらも、行動は足元からという意味で、

Thinkにはゆとりや余白がたくさんあるといいと思う、

対して、Actにはゆとりがない方がいいのかなと思い始めている。

あるかないかで2分するものはではないけど、

どんな時もゆとりが必要だ、と頑な思う必要もない。

そういえば、大学生の頃、コンサートの本番直前にトラブルが起きて、まぁそんなこともあるよねと笑っていたら後輩に本気で怒られた。

ゆとりは大事、みんな知ってる。

でも、今はそっと引き出しに、戦いに出る覚悟を決める。

仕事、難しい。

でも、このきっかけは怒りや諦めではなく、やっぱりみんなが好きだから頑張りたいと思う気持ち。

それを忘れずに気張っていこう。