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私にできる最大限の丁寧な生活について

satsuki
·
公開:2026/8/13

ブローガストお題募集箱で見かけた「好きなルーティン」というお題をお借りして書きはじめたのですが、後半全く関係のない話をしておりお題に沿っているのか分からなくなっています。でも楽しかった、楽しいお題をありがとうございます。


休日の朝だけペーパードリップでコーヒーを淹れます。

平日は、ドリップポッドというカプセル式のコーヒーメーカーで淹れたコーヒーをコーヒーボトルに入れて出勤の合間に飲むのですが、どうしてもほしいかわいいドリッパーを見かけてしまいどうしてもほしかったので購入して、せっかく買ったのだからとそれを使うためだけに休日はドリップで淹れています、という感じ。詳しい経緯は過去に書いたので一応貼っておきますが別に読まなくても全然支障はない。

週末しか使わないので豆は小分けに買えるものをいろいろと通販で買っています。45g〜90gぐらいのやつが1〜2ヶ月で飲みきれてちょうどいい。ちなみにペーパードリップは別にぜんぜん上手ではないので、たぶんドリップポッドに頼るほうが毎朝安定した味のコーヒーが飲めていいんじゃないかとは我ながら思うのですが、下手なりに、派手に味の違う豆を買うと派手に味が違うのがわかるので、それが面白くて続けている、というのもちょっとあるというか、ムラがあるのもそれはそれで楽しいんだよな。

極論、淹れたコーヒーがおいしくなくても、朝起きて、とりあえずお湯を沸かしてコーヒーを淹れる一連の流れのなかで「今日は休日」を実感できるのがうれしいのだと思います。淹れてるときの香りも段違いに良いし、丁寧な生活をしている気持ちにもなれる。まあ粉で買ってペーパードリップが私にとっての最大限の「丁寧」で、豆から挽くは絶対続かなくなるから今後もしないとは思うんですが……あとお昼以降にコーヒー飲みたくなったときはぜんぜんドリップポッド使います。ドリッパー使うのは本当に朝だけ。この時期は特に、ドリッパーでアイスコーヒーを淹れるのは難しすぎるのでドリップポッドさまさまという気持ちになる。いちおうカフェインレスのカプセルを常備しているのでそっちなら夜でも飲み放題だし。ありがとうドリップポッド。

ところで、上に貼った記事を書いたときには普通のキッチンスケールで湯量だけは一応確認しつつ、時間は体内時計に任せ温度は勘で淹れていたコーヒーなのですが、その後料理用の温度計とコーヒースケール(雑に説明すると湯量と時間を同時に計れるコーヒー用のキッチンスケールです)を買い足し、それなりに厳密に温度と湯量と秒数を計りながら淹れるようになりました。そういう事ができる余裕も休日なればこそ。そして、そういうルーティンを週末だけとはいえ1年以上生活に組み込むとどうなるかというと、さすがにコーヒースケールに頼らなくてもなんとなく淹れられるようになってくる。いやコーヒースケールは使っているんですが。一応使ってはいるんだけど、秒数にしろ湯量にしろ、スケールに表示される数字を固唾を飲んで見守らなくても、なんとなく「だいたいこれぐらい」がわかるようになってくる。沸騰させたお湯が適温に冷めるまでの時間もなんとなくわかってくる。

おいしいお茶の淹れ方、みたいなものを調べていたときにも、「毎回きっちり計らなくてもおいしいお茶を淹れられるようになりたいならば、とりあえず最初は徹底的にすべてを計って淹れるのがいい」みたいなアドバイスを見かけたことがあります。目視とか体感とかで「だいたいこれでいつもどおり」と思えるようになるためには、基準となる「いつも」の数字を毎回計って身に染み込ませるのが結局一番てっとりばやい、という要旨だったと思う。たぶん料理の味付けを目分量でできる人の感覚とかもこれなんだろうな。大さじ一杯、小さじ一杯、塩ひとつまみ、とかの量を、見た目とか、場合によってはこの瓶をこのぐらい傾けたらこれぐらいの量出てくるから、みたいな体感でなんとなく把握する能力というのは、何度となくその量を実際に計った経験がないと身につかないものなのだと思います。私は普段あんまり自炊をしないくせにたまにするときは目分量でなんとかしようとするので、ちゃんと計ると、醤油大さじ一杯、の意外な量の多さに毎度びびってしまう。結果的に私が作る料理はだいたいどことなくぼんやりとした薄味で、かと思えば突然絶対に健康に悪いと確信できるぐらい濃い味になってしまったりする。調味料はちゃんと計ったほうがいい、本当に……。

なんとなく、で淹れられるような気持ちになってきても、最初に書いた通り私のペーパードリップはたぶん下手くそです。下手くそというか、上手に淹れられているのか否かの判断もつけられない、が正しい。たまに自分が淹れたコーヒーがめちゃくちゃおいしい!になることもあるのですが、ただ豆が好みだっただけという可能性もありますし、しっかり失敗したなという日もまあまあある。朝はぼんやりしているので、コーヒースケールの操作を間違えて勘で淹れざるを得ない日も多い。せっかくちょっといい豆を買っていても、豆に申し訳ない淹れ方になっているかもしれない。上手にコーヒーを淹れたいのなら、一回ちゃんとカルチャーセンターとかでおいしいコーヒーの淹れ方を学んだ方がいいのかもしれないし、好きなコーヒーを淹れてくれるお気に入りのお店を見つけるみたいな努力もしたほうがいい。それこそ基準を作るために。

でも、そもそもそこまでコーヒーにこだわりたいのかとかそもそも味わかってるのかとか問われても、正直ちょっとよく分からないし自信もありません。そもそも私が毎日コーヒーを飲むのは、若干カフェイン依存に陥っており飲まないと頭痛がするからです。とはいえカフェイン依存になってるのは毎日コーヒー飲んでるからなので、これは卵が先か鶏が先かみたいな話でもあるんだけど……。毎日飲むものだからこそちょっとでもおいしい方がうれしいのか、毎日飲むものだからこそほどほどがちょうどいいのか。でも毎日飲んでるのはドリップポッドのコーヒーの方なんだよな。じゃあ休日のコーヒーはやっぱりちょっと特別で、できるだけ美味しい方が嬉しいのかもしれない。ちゃんと……学んだ方が人生が楽しいのでは……?

考えているうちになんにもわからなくなってきてしまいましたが、とりあえず、今日もコーヒーを淹れるためにお湯を沸かしてはいます。休日なのでね。