焼き菓子たちのアイディンティティについて

satsuki
·

先日駅で「ムーンライトをバーにしてホワイトチョコをかけました」みたいな、たぶんなんらかのお菓子の広告を目にしたのですが、その瞬間「ムーンライトの形状をバーにしたらそれはもうムーンライトではないでしょう!?」と自分でもびっくりするほど苛烈な感情が沸いてきて自分で自分にちょっと引きました。お前はそんなにムーンライトが好きだったか…?

森永のビスケットで一番好きなのはアーモンドクッキーです。砕いたアーモンドが入っていて、ざくざくで香ばしくてとてもおいしい。コーヒーに合う気がする。チョイスはたぶんバターの風味のリッチさが特徴で、たくさんは食べられないけれどそのちょっとでなんだか幸せな気持ちになれるのが経済的だし、ムーンライトに関してはさくほろの触感とほどけていくような軽さがおいしさのポイントだと思っています。つまりはあのサイズ、あの厚みでさっくり焼かれているからこその口溶けみたいなものが、ムーンライトをムーンライトたらしめているのではないか。あとはあのまるいかたちね。なんせムーンライトですから。なのに、それをバーの形状で焼き固めてしまったら、なんか……それはもう別のおやつじゃないですか? たぶんすごくおいしいショートブレッドみたいな食べ物にはなると思うけどショートブレッドはもうムーンライトじゃないじゃないですか……。

ここまで書いたところで最寄り駅にたどり着きスーパーに立ち寄ったので(私は通勤の電車のなかでこれらの文章を書いていることが多い)ふとお菓子コーナーでムーンライトを探してみたら、サクサクおいしい卵の黄金比、みたいなキャッチコピーがついていて、言われてみればムーンライトはたまごの味がする!そうかたまご入ってるんだ!となりました、じゃあショートブレッドでもないな……なにか……こう……たぶんとてもおいしい何かになるとは思う。おいしいけれどもはやムーンライトではないなにかに……。

ちなみにビスケット類全般の話をすれば私は全粒粉の入ったものが圧倒的に好きで、それにちょっとビターなチョコレートがかかっているのが最高においしいと思っています。具体的にいうとアルフォートですね。片面がチョコレートコーティングされたマクビティのダイジェスティブビスケットとかも昔は大好きでした。あれはたしか小分けになっていなかったので、一袋を一気に食べられないようになってからは買うこともほとんどないのですが。あれを一気に食べていた時代があるということが今考えるとおそろしいですが。

アーモンドプードルの入っているクッキーも好き。実家にいた頃はお菓子作りなどというちょっと優雅なことをすることも時折あったんですが、クッキー焼くとき小麦粉の半量ぐらいまでアーモンドプードルにしてしまうことがたまにあった。たぶん入れ過ぎではあった。さくさくほろほろ香ばしい感じがとにかく好きなんだと思います。で、アーモンドの風味が好きということは当然フィナンシェも好きなので、今私が焼き菓子というカテゴリの食べ物のなかで一番好きなのはフィナンシェです。今っていうかけっこうずっとそう。クッキーに入れるとさくほろ食感になるアーモンドプードルがフィナンシェに入れるとしっとりふんわりを生み出すあたりはお菓子作りの不思議なところですが。アーモンドケーキとかがめちゃくちゃしっとりしているのもたぶんアーモンド効果ですよね。あれもおいしいよね。

フィナンシェのよさは、そのしっとりじゅわっとした生地の食感を外側のかりっと香ばしく焼かれた感じがより引き立てているあたりにあるのだと思います。だから個包装されていない焼きたてフィナンシェを売っているお店には本当に感謝してしまう。まあそういうお店はご近所にはないので、結局そのざっくりかりっとしっとりじゅわぁみたいな対比をちゃんとしっかり楽しめるフィナンシェとは滅多に出会えないんですけど。普通に個包装されているフィナンシェは全体的にしっとりしていて、それはそれで全然好き。おいしい。

小麦粉、砂糖、バター、あと卵。カトルカール、あるいはパウンドケーキの基本のレシピはこの4つの材料を同量ずつ混ぜて焼いたもの、ということで、ありとあらゆる焼き菓子の基本は結局そこにあるのではないかという気持ちがたぶん私の中にはあります。基本の4つの材料の割合、混ぜ方、それに焼く時の形状とサイズ感、だけでもかなり出来上がるものが違って楽しい。楽しいっていうと作る側のひとみたいだな。私はおおむね食べるだけのひとなんですけど。

ココアや抹茶を混ぜ込むとか、ナッツをやフルーツを焼き込むみたいなことでもアレンジの幅は広がりますが、そこで広がるアレンジはアレンジの範疇であり焼き菓子たちのアイディンティティを支えるのはやっぱり形状とサイズ感の方ではないかな? と思う。ミニクロワッサンとクロワッサンがまったくおいしさの質がちがう食べ物であるように(私にとってその2つはだいぶ食べたいシチュエーションがちがうのでたぶん別の食べ物です)フィナンシェとプチフィナンシェもまた別の食べ物ではあるはずで(フィナンシェは見かけたら絶対買ってしまうんですけど実はあんまりプチフィナンシェには心惹かれない、不思議なことに)だからムーンライトもあの形じゃなくなった時点でムーンライトとしてのアイディンティティはかなり危うくなるのではないか……みたいな気持ちが、私のなかでかなり大きい。

ちょっと前に、ムーンライトにココアを練り込んだブラックムーンみたいなお菓子が出ていて、それに関しては特に違和感なくムーンライトの亜種として受け入れていました。あれはまるくてほどよい厚みでさくさくほろほろしてたから。だけどやっぱりバーはちょっと違うような気がしてしまう。いやこんなこと言いながら見かけたら買っちゃうんだろうしおいしかったら手のひらを返すんでしょうけどね私は。