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いつか庭に池のあるおうちで

satsuki
·
公開:2026/8/10

これは、ブローガストお題募集箱のタグに寄せられていたお題である「飼ってみたい生き物」というお題をお借りして書いています。楽しいお題をありがとうございます。


あひるが好きです。この世に存在するありとあらゆる生物のなかで最も愛らしく平和的な造形をしているいきもの。それがあひるだと信じています。真っ白な羽根。黄色いくちばし。もちもちのおなか。ふわふわのおしり。あんなに絵に描いたようにかわいいいきものが自然界に存在してなんで生きていけるのか。これはぱんだやぺんぎんにたいしてもときおり抱く感情ですが、あひるもまた、野生を生き抜くにはあまりにもかわいらしすぎるいきものである、という気がする(ちなみにあひるというのはざっくりいうと家畜化した鴨なのでそもそも本来野生にはいません)

とくに、真っ白、というのがすばらしい。日常的に見かける可能性のある生き物で、白い毛並みを真っ白なままうつくしく保てる種というのはおそらくそう多くはないのではないか。かつての友人はそれはそれはうつくしい毛並みの白猫を飼っていたのですが、かつて野良猫だった頃の彼女を拾ったとき、友人はその毛色を灰色だと信じて疑わなかったそうです。おうちに連れ帰って洗ったら見違えるように真っ白な毛並みが現れてびっくりしたとかしないとか。実際白って汚れる。ぜんぜん自然界に暮らしていない私ですら、白シャツや白のカットソーは油断するとすぐ思わぬ色で汚してしまう。あひる、すごい。

いつでもちょっと微笑んでいるように見えるところも好きです。くちばしの付け根のところがゆるーくカーブを描いていて、ちょっと口角が上がってるように見えるんですよね。アルカイックスマイル。かわいい。愛されるために生まれたいきものの表情をしている。これは別にあひるに限らずとも、比較的ひらべったいくちばしの水鳥、鴨とか白鳥なんかには共通した特徴ではあるのですが、私はこの辺の水鳥はぜんぶ好きなので問題ないです。みんなひとしくかわいい。なんなら鳥類全般をかわいいと思っている。でもそのなかでもあひるはやっぱり特別にかわいい気がする。あひる、という名前の響きまで、ちょっと間抜けていてかわいらしすぎる。ぜったいにひらがなで表記してほしい。そのほうがかわいいので。

ところで、かつて誠文堂新光社という出版社から『アヒル飼いになる』という本が出ていました。たぶんこれ、もう今は絶版なのですが、ひとり暮らしをはじめたばかりぐらいの頃の私は見つけた瞬間この本をレジに差し出しており、その後しばらくは何度もこの本を読み返しながら、けっこうまじめに、いつかあひると暮らすということをゆるやかな人生の目標に掲げていた、ような気がします。具体的には庭に池のある一戸建てで暮らすこと、を人生の最終目的にしていた。まあどう考えてもささやかな現実逃避の一環ではあったのですが、たぶんこの本に出会ったことで「個人であひるを飼う、という選択肢がこの世に存在するのだ」ということに気づいてしまったんですよね。あとTwitterなどには実際あひるを飼っている人のアカウントもあったし。そういう人たちがあげてくれるあひるの写真は最高にかわいくて、おおむねめちゃくちゃ飼い主になついていることが見て取れた。あひる、めっちゃなつく。かわいすぎる。でも鳴き声はめっちゃうるさいので集合住宅ではとても飼えない(そもそも集合住宅ではあひるが泥遊びできる場所や水浴びできる場所を作ること自体が絶望的に難しい)

実際人に飼われているあひる、に触れたくて、当時確か愛知にあったあひると触れ合える個人経営のカフェに足を運んだことすらあります。あの店今もあるのかな? わかりませんが、コールダックという小型のあひるの番と、あと北京ダックを飼っているお店だった。そこでコールダックを抱かせていただいたんだけど、小さくてもしっかりと重みがあって、羽毛はさらさらでもちもちで、水掻きがあったかくて、あんなにかわいい、なんならちょっと作りものみたいな見た目をしているのにしっかりと「いきもの」なのだなぁということを実感できてとても良かったです。いきものはおもちゃではない。あひるに限らず、鳥ってどことなく作りものめいた雰囲気があるものが多いですが(くちばしの無機物っぽさ、白目のない丸すぎる眼のむき出し感、種類にもよりますがそれこそおよそ野生とは思えない鮮やかな羽毛の色、などが要因かなと思う、その作りものっぽさがどうしても苦手、という話もたまに聞きます)どうしようもなくいきものだなぁ、と改めてその時実感したかもしれません。

それに怖気づいたのか、あるいは抱っこさせていただいたことで自分のなかでちょっと満足してしまった部分もあったのか、その後あひるを飼いたい、という気持ちはすこしずつ落ち着いて(そもそも自分にとってその夢が現実的ではないということはわかっていた)もちろんあひるはいまだに大好きですが、今は飼いたいとは思っていません。だから、これは飼いたい生き物ではなく、かつて飼いたかった生き物の話なのでした。

自分以外の命を預かる、ということは、自分の性格的にもそろそろちょっと年齢的にも、昨今はなんなら社会情勢的にも、もう絶対にできないだろうし、なんならしたくない。あひるのいる生活はどんなに夢見て思い描いても、もう絶対に実現できないというかしてはいけない。それでもこのお題を見かけたときに、かつて私にも自分以外の命と生きていくことを真剣に切望していた時代があったんだよなぁ、みたいなことを思い出して懐かしくなったのでした。というか私の人生はその対象があひるだけで本当によかったのか。いやでもめっちゃかわいいじゃないですかあひる……。

ちなみにこの本、まだ手元にあります。あひるのかわいらしさを存分にアピールする一方で、飼育環境を整えることのハードルや、専門医がほとんどいない現状を踏まえたの飼育難易度の高さにもきちんと言及しており、かわいいからという安易な理由で簡単に手を伸ばすべきではないということもやんわり教えてくれるかなりまっとうな飼育指南書だと思うのですが、反面途中で突然アヒルやアイガモの卵を使ったケーキのレシピや一般的な鶏卵との食味の違いについてページを割いていたりもするなんかちょっと変な本でした。ケーキのレシピは実際にアヒルやアイガモを飼っている飼い主さんの提供、という注釈があった。アヒル飼いたちにとってかわいい我が子が産んだ卵を食べることは一般的なのか……? いやでも逆に食べなかったら生まれる卵をどう処分するのかという話になるのかな……? 謎です。でもまあもし鶏飼ってたら卵生まれたらその都度ありがたく食べるだろうし、そう考えたらあひるの卵も食べる……か……。