◯通勤本として中国SFアンソロジー『金色昔日』を入れて過ごす日々。鞄が重い。本当は先月の岩手旅行にも持っていっていた(当初の予定より圧倒的に1人移動の時間が増えるなと思ったので)のですが、結局その時は全然読まず、こんなに重たい本をただ岩手まで運んだだけなのかなり愚か。表題作の「金色昔日」があまりにも面白くてすごい!と感動していたのですが、編者の前書きでも書かれている通りこれは中国と世界の歴史について詳しければ詳しいほどより受け取れるものも多く面白い小説なんだと思う。エンタメ、なんの予備知識もなくても誰にでも面白い、もひとつの理想かもしれないとは思いつつ、前提条件とか予備知識を共有したうえで感じられる面白さも間違いなくあるし、そういう面白さは間口が狭くなる分深く刺さる、ような気がするので、こういうとき自分に学がない、というのがちょっと悔しく感じてしまう。そもそもケン・リュウをはじめて読んだときももっと私が歴史に詳しければ抱く感想は変わるのだろうなみたいなことを思ったような気がします。難しい。いや勉強をすればいい、はそれはそうなんですが……。
◯小説ではなくまんが。魚豊『ひゃくえむ。』を読む。本当は映画を観に行きたかったんだけど、なんかこのままだと見に行けないまま公開が終わる予感がしたのと、原作も当たり前だけどめっちゃいいよと見かけたので。面白かったけど、なんかずっと息苦しいまんがだった。メインというか、ポイントになる試合が思ったより多くて、これを何クールかのアニメとかではなく映画の尺でやるのどんな感じになるんだろうなぁ、とも思う。映像的にも映画館がいいと聞くけどやっぱりこのままでは見に行けない気がしてしまう。行きたいですが……。「全力を尽くして届かないのはしんどいけど、でも人はどこかで全力を尽くして挑戦をして、勝ったら喜んで負けたらちゃんと悔しがる、ということをしないといけない」みたいなセリフが出てきて、これはたぶん魚豊さんとの対談で髭男の藤原さんも引用していたと思うのですが、それがやたらと刺さりました。あの対談めっちゃ良かった。評価を受けるとか順位をつけられるとか、しんどいから本当はできることなら避けたいし、そこに挑戦したところで必ずしも成功するとは限らないんだけど、結局そこに立ち向かえない人はなんにもなれないんだろうな。私には全力をかけられる何かとか全力をかけていた時期とかあるのかな、とかも考えてしまう。難しいな。
◯最果タヒ『ファンになる。きみへの愛にリボンをつける。』読了。他のところにちょっと感想を書いてしまってるんですけど、最果タヒでも推しへの感情を書こうとするとこんなに迷いながらになるんだ、ということになんだか励まされてしまった。今後も悩みながら追いかけてていいのかな、みたいな。私が好きなのはVtuberで舞台女優とはまったく別物ではあるのですが、「宝塚女優として何らかのメディアに出ているとき、その人は常に宝塚女優というもうひとつの役を演じていて、そういう姿と現実の自分自身とのギャップをどこまで見せたいかとか見せていいと思っているかみたいな線引きは人によって全然違う」みたいなことが書かれていて、そこのニュアンスはちょっと近いのかなぁと思う。完全に作り込んだキャラクターで中の人のことをできるだけ意識させないように振る舞う人もいれば、ガワを立ててはいるけどわりとそのまま素の自分をキャラクターとして振る舞ってるっぽい人もいて、推しはどちらかといえば後者だと思うけどそこにも一応Vとして見せられる範囲の自分、という線引きは存在するはずだと思うので。キャラクター作っていても中に人がいると思うと基本的にVの人達のことはキャラクターというより人間としか見れないみたいなとこあるんですけど、そう考えると、結局なんにも知らない人のことをめちゃくちゃ好きになって応援してるみたいな状況って、やっぱり冷静に考えれば考えるほど不思議な話なんだろうな。
◯書かなければならないものが一段落ついたのと、都会で用事があったので久々に本屋に寄ったら、都会の本屋で好きだった文芸コーナーの担当書店員さん達が文フリに出展していたことを知る。い、行けばよかった……! 11月の東京の文フリに申し込んでいるのですが、その後一緒に行く予定の子にその話をしたらそもそも予習で9月も行ってみようよみたいに以前話してたらしく、ふたりともすっかり忘れていてそんなことある!?!?てなってしまった。9月、何してたかな……しずいんを見返したらライブに行ったりあずけんの女と和解したりしていたのでそれなりに楽しそうに生きてはいるんですが……そっちが楽しくて頭から抜けていたんでしょうか……。おもしろそうな本はたくさんあれど読めてないから今日は何も買わないでいよう、と思っていたのに結局がまんできずにキム・チョヨプ『この世界からは出ていくけれど』だけ購入。ゆっくり読みたい本だけどそんな事言ってる本ほど一生読まないことも分かっているので、はやめにどこかで時間を作りたい。
◯ともだちの推し活に付き合ってクレープを食べに行ったついでにまたも本屋へ。本屋に行くとおもしろそうな本ばっかりなのに買って帰っても結局読まない、という話をする。なんでだろうね。たぶん私達はゆっくり読書を楽しむには疲れすぎている。めっちゃ疲れててもエッセイとかだとするっと読めることはあるし、小説って結局言葉で作られた別の世界に飛び込むことだから体力は使うんだろうな。まあこれは言い訳なんだけど、でも読むことも義務ではないので余裕のある時に読むが一番いいんだとは思う。気になる本はたくさんあれど、こないだ買ったばかりなうえに結局それをまだ開いていないので、今日はちゃんとがまんした。柚木麻子『終点のあの子』に映画化の帯がついていて、今それを!?とちょっと戸惑ったりもする。ものすごく気になるけど、原作があまりにも好きなので特に時代の違いその他で仕方ないであろう部分を含めた何らかの改変にすでに怯えています……いやでも……さすがに見るかな……。
◯『金色昔日』やっと読了。お、重かった……(物理的にも) この本に限らずSFアンソロジーって、めちゃくちゃ面白いなと感じる話とちょっと理解の及ばない話がどっちも入っているということが多くて、ジャンルとしての幅の広さにおもろいなぁとかすごいなぁということを思う。やっぱり表題作がすごかったかな。いまだに印象に残っています。あと巻末近くに中国SFの歴史とか変遷にまつわるエッセイも収録されていて、そこで枝葉みたいにちらりと中国ファンタジーについても触れられていたんですけど、日本でいう異世界転生みたいなジャンルがファンタジーとはまた別で隆盛しているみたいな話があってちょっと面白かった。日本でも異世界転生は異世界転生というジャンルであってもはやファンタジーではないよね、ファンタジーといえばまあこのうえなくファンタジーなんだけど……。
◯獅子文六『コーヒーと恋愛』読了。前半はああなんだか昭和の匂いのする大衆小説だなぁぐらいの気持ちでぼんやり読んでいたんですけど、後半に向かうにつれて俄然面白くなっちゃった。解説が曽我部恵一で、こういう、当時の風俗をちりばめていたり空気感をそのまま映したような文章は純文学的なものに比べて古くなりやすいのかもしれないけれど、それでもこういうものにしかないきらめきはあってそれは時が経っても消えないみたいなことを書いていて、それがすごく良かったです。実際定期的に掘り返されては売れているタイプの本だし、なんとなくそれに納得もできてしまった。ずっと定期的に話題になるけど、でも別に好みではなさそうだし……で手を出さなかった本なのですが、読んでよかったな。読まず嫌いは良くないなぁ。
◯エンリーケ・ビラ=マタス『永遠の家』読了。変な本だった! これなんで買ったんだろうな。積読の中に買ったときの記憶が全然ない変な海外文学ゾーンがあって、たぶん何かの影響だと思うのに何も思い出せない……。最初は一編一編独立した短編集なのかなと思っていたけど、読んでいくうちに主人公同一人物かもしれないと思いはじめ、でもそれにしては物語にもなんなら主人公の人格にすら一貫性あんまりない気もして、でもたぶん同一人物というか、そもそもこれは現実の話をしてるのか幻想の話をしているのか、みたいにもなってきて……みたいな……変な小説。変で面白い。解説読んでなんとなくわかったようなわからないようなになりましたが、たぶんわかってないと思います。めちゃくちゃ飛び飛びに読んでいたのでもっかいちゃんと読みたいかも。でもちゃんと一気に読んでもわかんないものはわかんない、みたいな小説という気もするなぁ。
◯通勤本として『日本SFの臨界点 新城カズマ 月を買った御婦人』を読みはじめる。サブサイトルがめちゃ良くて買ったけどいまのところあんまりぴんとこないほうのSF。表題作が気になるなぁ、という気持ちで読み続けています。
というわけで(?)11月は東京の文学フリマに参加予定です。おともだちとのんびり一般参加気分で遊びに行くつもりだったけれど、東京の会場はビックサイトだということを最近知ってちょっとびびっている……まあ、文フリに出るために本を作ったというよりは本を作るために文フリに申し込んだの方が正確ぐらいのあれなので、のんびり楽しんでこようと思います。