このタイミングで唐突にこの話をする理由は後述しますが、感想レター、いつもありがとうございます。共感にうれしくなったり、いただいたレターになるほどってなったり、来てるのを見るたびに楽しくてうれしい。どこかでお返事したり反応したり、したほうがいいのかなと思いつつ、基本的には返信の機能をはじめから廃しているがゆえの気楽さが送る側にもあったりするかもしれないという気持ちもあって(私はわりとそこを気楽に感じています)毎回感謝を込めながら♡を押しています、という報告です。
でも今回は感想レターでおすすめの本を聞かれて嬉しかったから記事をひとつまるまる使ってちょっとお返事させてもらいますね。まあ聞いてくれたのともだちなんだけど。そして私も最近は本をあんまりたくさん読んでいない&昔買いまくった積読を崩すのにいっぱいいっぱいで新刊あんまり買わない&印象に残っている本はめちゃくちゃ読んでいた時期の本が多くなる、ということで古めの本が多いと思います。知ってる本もあると思うし合わない本もあるかもしれない。もし気になる本があったら手にとって見てくれるとうれしいかなぁと思いますし、お手にとっていただいてあんまり好みでなかった場合はあいつはこういうの好きなんだなぁと温かな気持ちで胸に秘めておいていただけると私が助かります。ジャンルはちょっと意識して散らしたつもりですが、どうだろうな。
『この夏のこともどうせ忘れる』深沢仁(ポプラ文庫ピュアフル)
これ、もともとはともだちがおもしろいよ!と勧めてくれた本なので私がお勧めとして挙げるのはちょっとずるいかもしれない、と思いつつ、ここしばらくの読書の中ではかなり印象に残っている本なので挙げさせてください。一言で表すならばたぶん、学生時代の鮮烈な「ひと夏の記憶」を描いた短編集。ですが、表題作となる話が収録されているわけではなく、1篇を読み終えるたびに、本そのものに付けられたタイトルを思い出しては噛み締めてしまう、そんな1冊です。という感じで説明になるでしょうか。きっと一生忘れないと思った特別な記憶ですら、おとなになるにつれて人はあんがい簡単に忘れていってしまう。眩しいというよりはうすぐらく、どちらかというと苦い思い出としての青春を描いた本、かな。
『夏が僕を抱く』豊島ミホ(祥伝社文庫)
豊島ミホは正直ぜんぶ好きだし思い入れもあって、1冊を選ぶのは難しいのですが、鮮烈な夏の記憶、というところから連想してしまったのでこれを。収録されているのは夏の話だけではなく、テーマはあくまで「男女のおさななじみ」 決して恋愛には陥らず、ただの友人というのは近しすぎるし場合によっては仲良くもなく、でもどこかに家族みたいな特別なつながりを感じている、放ってはおけない存在。そんな、物語のなかの理想の幼なじみの関係性を詰め込んだような短編集。理想の、と言い切ってしまうのはあとがきで作者自身が自分には異性のおさななじみがいなかったと書いているからです。私にも異性のおさななじみはいないけれど、現実のおさななじみがこんなに理想的な存在であるとも限らないということはわかる。それでも世界に夢を見て生きていくためには、これぐらい「最終的には自分を肯定してくれる誰か」が必要になるのかもな、と思う。
『退出ゲーム』初野晴(角川文庫)
決して恋愛関係に陥らない男女のお話というところだと個人的に外せないのが初野晴なので1冊挙げさせてほしい。本当は初野晴は『1/2の騎士』がめちゃくちゃ好きなのですが、連作短編として読めなくはなくともどちらかというとやはり長編だし、たぶんかなり読む人を選ぶし、今はたぶん電子書籍でしか買えないし、分厚くて高いのでぜんぜん気軽に勧められない(女子高生と幽霊の男の子がバディを組んで街で起きている怪奇事件としか思えない組織的犯罪を暴いていく、ファンタジー社会派アクションミステリみたいなけっこうポップかつ重たいお話です)
退出ゲームは「ハルチカシリーズ」というシリーズの最初の1冊で、弱小吹奏楽部がコンクール優勝を目指すために部員を集めながらその道中で起きるちょっとした不思議や謎を解決していく青春✕日常の謎ミステリ。特にこの1冊目なんかはかなりライトにポップに読める反面、芸術や才能に関する辛辣な視点が端々に覗いたり、歴史や社会の問題が謎の核心に絡んできたり、巻が進むごとにただポップなだけの青春小説ではなくなっていく側面もありました。続き、出ないかなぁとずっと楽しみにしているのですがもうけっこう長らくでていないと思う。たぶんそういう意味ではお勧めすべき本ではないのですが……やっぱりどうしても好きなので……。
『天国旅行』三浦しをん(新潮文庫)
ハルチカもそうなんですけど、いまさら私が勧める必要もないほど有名だし面白い本なんだけどどうしても好きなので入れさせてほしい、というやつです。三浦しをんもだいたい何を読んでもおもしろいですが、心中をテーマとしたこの短編集は好きな本の話をするたび真っ先に頭に浮かぶぐらい印象的な1冊でした。「星くずドライブ」がね、すごく好きで、たぶん読み返すたびに好きになっている。どうあがいても死者は生者を縛るものだし、生者は死者を置いていくしかない。平熱のトーンで語られる物語ではありますが、下手に描写で恐怖感を煽るタイプのホラーよりすぅっと背筋の寒くなる読後感のお話、なのかもしれない。
『西洋菓子店プティ・フール』千早茜(文春文庫)
千早茜も好きな本は多いし、比較的最近読んだ『人形たちの白昼夢』もすごく良かったのでどっちにしようか悩みましたが、こちらはお菓子と恋愛にまつわる小説なので私がおすすめポイントを書きやすいかなと思って。おいしい食べ物が好きで、おいしいものをおいしく食べることに情熱を傾けている人の書くおいしそうな食べ物の描写が好きな人であれば、話を彩るいくつもの魅力的なフランス菓子の描写だけで楽しめると思う、それぐらい出てくるお菓子のすべてが魅力的でおいしそう。プティ・プールという名前の西洋菓子店で働くパティシエールの女性を軸にした、彼女と彼女の周りの人たちと、お店を訪れる人たちについての連作短編集です。
『台所のラジオ』吉田篤弘(ハルキ文庫)
食べ物つながりで、わりと最近再読してしみじみ好きだなぁ、となった本も。(おそらく、東京から新幹線で行ける範囲の、とあるひとつの街かもしれないしそれぞれぜんぜん別の街かもしれない、モデルになる土地があるかもしれないしまったく架空の場所かもしれない)ひそやかな街に暮らす人たちの、ささやかな日常を切り取るような物語集。やさしく、おだやかで、静かな時間に寄り添うように印象的な食べ物が添えられていて、読んでいるとお腹が空く本です。吉田篤弘の小説は、過剰に非日常的な出来事が起こるわけではないお話でもどこかおとぎ話めいた空気があって、だけどこんな街が存在するなら私も暮らしてみたい、と思わせる力が強すぎる。長編を1冊おすすめするなら迷いなく『それからはスープのことばかり考えて暮らした』を挙げるのですが、今回は短編集のおすすめを、とのことだったのでこちらで。
『茗荷谷の猫』木内昇(文春文庫)
幕末から昭和にかけて東京の下町に生きた、名を残すこともない市井の人たちの暮らしをたどる短編集。静かで地味で、どこがよかったみたいなところをすごく説明しにくい本なのですが、でも私にとってはすごくよくてずっと印象に残っている本です。「染井の桜」というソメイヨシノの誕生秘話みたいなお話が冒頭に置かれているのだけれど、これが良い。私が桜が好きだからというわけではなく、たぶん私は木内昇の、なんらかの分野において、常人には理解できない情熱に取り憑かれてしまった人の静かな狂気のようなものの書き方がたまらなく好きなんだと思う。上下巻でかなり重いですが『光炎の人』という長編が凄まじくてよかったので、気力体力の充実している方にはそちらもおすすめしたい気持ちがあります。
『11 -eleven-』津原泰水(河出文庫)
私は文庫版持ってないのですが文庫も出ているはずなので。SFというよりは幻想小説よりかな? かなりクセの強い短編も多くて私も全編を手放しで楽しめたというわけではないのですが、それでも冒頭の「五色の舟」と最後の「土の枕」があまりにもよいので挙げさせてほしい。ちなみに五色の舟に関しては河出のHPで全文無料公開されているのでよかったらそれだけでも読んでください。すごく印象的な小説。
最後まで書いてから気付きましたが別に文庫でおすすめしてください、とは一言も言われていませんでしたね。でもまあ文庫のほうが手に取りやすいし読みやすいし。書店の店頭に必ず並んでいるという自信はないですがさすがに絶版等で買えないものはないんじゃないかな? 1冊でもおもしろかったり、あるいは私もそれ好き!みたいな本があったら嬉しいなぁと思います。