人の家の本棚を覗く

satsuki
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一箱古本市、という催しがあります。たぶんそこそこ全国各地で開催されているイベントで、参加者は規定のサイズのコンテナ一杯分の本を持ち寄り、会場で1日かぎりの古本屋さんを開業できるという形態の古本市、だと私は認識しているのだけど合ってるかな? きちんと店舗がある古本屋や、あるいは普段はネットショップを営業しているような非店舗型の書店が出張店舗としてスペースを取っていることもあれば、一般参加もオッケーな催しではただただ本好きな人が趣味でスペースを取っていることもあるのではないかと思います。おもしろそうだなぁ、行ってみたいなぁという気持ちはあれど、日程と私の気分の関係などなどもあり、実際に足を運んだことはないのですが。

そして近年はこれを、期間限定の催しではなく常設の店舗で行っているところもあるそうです。シェア型本屋。近年のことなのかな? 私はついこの間知ったので詳しくはわかりませんが、大阪にもいくつかある模様。利用者は月いくばくかの利用料を払って一箱ぶんのスペースを借り受け、思い思いに売りたい本を並べ、ディスプレイを飾りつける。店番は持ち回り制。最近の私は本を読めるターンなので本にまつわる催しに対する興味のベクトルも高めです。ので、比較的近辺にそういうお店があるならおもしろそうだしちょっと一回行ってみよう、ぐらいの軽いノリで、昨日、お散歩がてらに行ってきました。こういうことは思い立ったが吉日なので。

普段は降りることのない駅で降り、駅前にある商店街のアーケードを入ってすぐのあたりにそのお店はありました。なんの予備知識もなく前を通りがかっただけなら、一見普通の古本屋さん。そんなに広くはありません。表にすこしワゴンが出ていて、大股で歩けば数歩で店の奥までたどり着けそうな店内の、両側の壁が本棚、真ん中は、すこし座ってゆっくりできるようなスペースになっています。でもよく見ると表のワゴンも、壁の棚も、たしかにすべて正方形に区切られていて、ひとつひとつの箱の隅には、出店者さんがつけているそれぞれのお店の名前が掲示されている。つまり、この1箱分が、それぞれ誰かの出店しているちいさなお店、ということになります。

一般的な街の古本屋さん(というのも最近はずいぶん減ってしまったとは思いますが)の棚には、その近辺に住む人たちの色がすこしと、店主さんの得意分野の色が強く出るものなんじゃないかと思う。文庫の均一ワゴンや新刊本を集めたコーナーはもちろん多くの店で作っていると思うけれど、他の棚は、文芸や詩歌に強いお店、宗教とか自然科学みたいな専門領域に強いお店、アート関連やサブカルチャーに強いお店、みたいなお店の色とか特色がけっこうくっきり出ているイメージ。

で、シェア本屋の場合はその店主の色みたいなものが箱によってそれぞれ違う。だから、お店全体の品揃えとしてはざっくばらんになってるのかな? 古びた文庫がぎっしり詰まった箱があれば、料理本とか料理エッセイの中にふ、とまぎれこんだみたいに小説の文庫が並んでいる箱もある。サブカル本屋みたいな箱も、ミステリが好きなんだろうな、とか、SFが好きなんだろうな、みたいな想像をしてしまう箱もあったし、あと自作のZINEを並べてる箱もあったな。実店舗らしいお店とか、店主さんが参加するのかなみたいなイベントのチラシとか、シンプルに店主さんが作ってるフリーペーパーみたいなものを置いてる箱もけっこう多かった。出店しているのは、手数料を払ってスペースを借りて、自分でディスプレイまでして蔵書を売りたい人なので、おそらくはある程度以上本が好きな人たちだと思うのですが、その人たちの、得意分野、専門分野というよりは、趣味みたいなものが、箱を通して滲んでいるように感じられる。私はひとつひとつの箱を覗きながら、古本屋に来たというよりは誰かの家の本棚をたくさん見せてもらっているような気持ちになっていました。これ、この書き方で伝わるかな? めちゃくちゃ面白かったということを私は伝えたいんですけど。

知らない誰かの本棚を覗くのって楽しい。人のお家にお邪魔する機会があるとき、失礼にならないかな、と心配しつつも目に入る範囲に本棚があるとどうしても眺めてしまうし、旧Twitter現Xでも定期的にうちの本棚見て下さいみたいなタグが流行ることがあって、その度いろんなぜんぜん知らない人の本棚を見ては楽しんでいました。うちには『作家の本棚』という、いろんな作家の自宅の本棚の写真(と蔵書についてのインタビュー)をまとめた本もあります。個人的には大変おもしろく読んだ本なのでおすすめです。文庫にもなってるけどまだ手に入るなら菊判の方が当然写真も大きくて楽しいと思います。書きながらしかし私はこの本がまだ家にあるのかちょっと不安になってきている。自宅の蔵書を把握していないだめなおとななので……。

話がそれました。たぶんこの楽しさは、それこそ一箱古本市みたいなイベントに行くのとはすこしだけ違うものなんじゃないかと思う。だって、おそらくイベントだと箱の前に店主がいるんですよね。これは私の性格の問題もあるとは思うのですが、特に買いたい本はないけど面白い本のセレクトだ、みたいな箱がもしあったとして、イベントの場で私は買いもしないのに長々と眺めたり立ち読みしたり、ということはなんだか申し訳ない気がして出来ない。じっくり本を眺めていたら店主さんに話しかけられ会話がスタートしてしまうかもしれない。そこにはまた別の楽しみがあるかもしれませんが、さんざんしゃべって何も買わない、もちょっと気まずい気持ちになってしまう、気がする。

でもシェア本屋だと店主さんは、普通の古本屋みたいに店の奥にひとりだけです。ぐるぐる回ってかなりゆっくり選ぶことができる。イベントじゃなくてあくまで本屋、なんですよね。日常の延長のテンションで、知らない誰かの本棚を覗けるみたいな、なんだか不思議な空間でした。これ、一定期間ごとに出店者も変わるのかな? 間隔を空けて定期的に行くとおもしろいのかなぁと思いますし、他の場所にもあるみたいなので、今度はそっちにも行ってみたいなぁという気持ちになりました。古本に抵抗がなく、人のお家の本棚に興味のある人にはちょっとおすすめのスポットかもしれません。もちろん近辺にあれば、になっちゃうけど。

買った本を抱えて(鞄に入らなかったので、文字通り抱えて帰りました、電車に乗って……)帰る途中、自分がああいうスペースを借りるならどんな本を出すかなぁと考えました。手放してもいい本、それでも誰かに勧めたい本。値段をつけて売ることに抵抗がないぐらいには状態のいい本。意外と難しいかもしれません。人に勧めたい本、自分でも手放したくないものな。