思想が強めのひな祭り

沢村
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公開:2026/3/3

 本日はひな祭りです。我が家も、私が祖母に買ってもらった雛人形を飾っています。小さめですが金の屏風とお着物の色合いが鮮やかで綺麗で、そのまま娘用のものにしました。雛人形は元々厄除けの意味合いがあるらしく、親のものをそのまま譲り渡すのはよろしくない、という記事も読んだのですが、人形業界のご事情もあるだろうし、「飾られない人形」と「飾られる人形」が同時にクローゼットに収まっているというのも、なんだかかえってよろしくない気がして。

 娘の保育園ではひな祭りの概要を学び、ひな祭りのお歌も3番まで歌っているようです。右大臣はお酒に弱いんだねーとニコニコ笑っているのは可愛いです。一方で、「三月三日が過ぎたらお嫁さんになれなくなっちゃうらしいから、早く片付けてね!」と、園からなのかお友達からなのか分かりませんが、6歳にして将来を案じている姿を見るとうむむ、となります。だって今は令和なので。

 まぁ、そうはいっても四月になるまでひな祭り飾ってるお家と結婚で縁付きたいかというと、「それくらいすれば?」になるのでやはりこれも何らか別の意味合いがあるのかもしれないと思いました。

 ところで、「結婚=女の子の幸せ」とかつての人が思っていたわけではないでしょう。昔の結婚って、今よりもっと過酷な気がしますし。皇族の婚姻を模した人形によって、「結婚=女の子の幸せ」というイメージを与え結婚させて、家からとっとと追い出したかった、という理由もあったんじゃないかな、などと考えてしまいます。

 子供の日にしたって、鯉のぼりと兜ですよ。鯉のぼりと兜。出世して武功を上げろと言われるのと、結婚してさっさと出ていけと言われるのと、ちょっと想像してみましたが、嫌度はあまり変わらないかもしれないです。どちらも自由に選びたいものです。

 私自身はフェミニスト寄りだと自覚しています。ただ時々、自分は自分で女性性に甘えているなぁと思うこともあります。男の人も大変です。ただ男の人の大変なところというのは、何もかも「男である」せいにできないところであり、自分の失敗が、全て己の能力のせいである(ことになる)ことかなぁと。

 出産するから、肉体的に弱いから、差別されているから。もちろん事実です。でも、それだけではない。ただ、私はいろんなことを出産や肉体的な弱さや男女差別のせいにできて、していて、そのことを責められることがない。

 一方男性にはそれができない。誰も助けてくれないし、寄り添ってくれない。そういう構造にはなっていると思います。だから挫けた時、自分でも自分を許すことができなくて、極端な選択に走ってしまう人もいるんだろう、と思います。

 なんでひな祭りでこんなところに思考が飛ぶんだろうなぁ。とりあえずちらし寿司を作らないとなりません。個人的な考えとしては、結婚=女の子の幸せではないけれど、何か大事なものや大切に思える人と縁づける人生になったらいいねぇ、と、娘に関しては祈っています。