友人から人の悪口や困り事をシェアされがちな方である。それはおそらく、私が自己開示モンスターであり、平然と悪口やら愚痴を溢しまくるため、「まぁこいつになら言っても問題ないだろう」と思われることが理由だろうと思う。
12月26日に良いお年をと言ってわかれたママ友に、1月6日の出会い頭、「ちょっともう、聞いてよ〜〜〜!」と嘆かれた。「聞くとも聞くとも」と耳を傾ければ、話は意外なテーマであった。年末年始のトラブルといえば、動かない夫や傲慢な義実家や急な体調不良とばかり思っていたのだが、今回の彼女の嘆きの元は、「ボンボンドロップシール」だったのである。
つらつらと語っても長くなるだけなのでまとめると、以下のようなことであった。
・シール集めをしている子のママ友ラインに招待されたが、一部のママがボンボンドロップシールの購入をひけらかしてきて、都度の反応が面倒くさい
・当該ママが「メルカリで転売して儲けています」などと言ってきて、倫理的に賛同できず、しかし当然指摘もできず、胸が苦しい
・自分の子が、クラスの気の強い子にボンボンドロップシールの受け渡しを要求され、気づけば親戚からもらったシールが全て吸い上げられていた。なお交換ではなく、一方的に渡していた
・一部子の間で、「ボンボンドロップシール」以外のシール、特に100均のシールなどはダサい、という価値観が蔓延している
・「シールを持っている子」でグループ化し、「持っていない子」を仲間外れにしていることがわかった
これに対する私の反応は、「当然だろ。アンタは何年女子をやってるんだ」である。私の時代は、「模様のついたティッシュ」であったり、「ディズニーストアのメモ帳での手紙交換」だったりしたものだ。懐かしい。低年齢化と価格の高騰は気になるところだが、そういう「良いもの」を「上の位置」にいる人間に献上し、そのコミュニティでの立ち位置を確保するというのは、別に幼い女子に限った話ではない。そしてそれに付随して、親のコミュニティが結成され、マウントやらなんやらかんやらの衝突が生じるのも、様式美である。
彼女は自身の子が被害者でもありどうやら差別の加害者でもあるらしい構図に「どうしよう!」と嘆くのだが、こんなことは永劫続くものだし、自らすらその渦中にいるのだから、一定の線引きをして見守るしかないんじゃあないかという話になった。ラブブにしろボンドロにしろ、まず「与える親」がいないと発生しないトラブルではあるものの、そういうものを避け続け、適切な折り合いをつける能力を失うと、末路はpj活であったり、過剰な推し活であったりーー、ひいては破滅だろうとも思うため。
私自身はそういう類のものに馴染めはしなかった(スポンジボブって可愛くないって、と言ってグループを外された実績がある)が、それでも何となく、横目で「お付き合いのレート」というものは学んできたような気がする。誰かにものを通じて厚意を示すということは、何も悪いことばかりではない。そのコモンセンスの獲得過程でトラブルが生じるのは、必要悪ですらあると思う。現状娘はシールに関心がなく、アイプリカードの収集に励んでいるが、要求があった場合には、予算とかける労力を決めて提供するつもりだ。
まぁ、ボンドロは高すぎるし、買えなさすぎるし、楽しめる時間と用途が限定され過ぎているし、付帯して得られるメリットが薄い(手紙交換なら字を書くとか、あるからね)ので、その点はもう少しなんとかなって欲しいけれど。定価でも10シートで5000円かぁ。ブックオフならすげー本が買える。
ママ友は重ねて言う。
「それにね、この間娘と二人でそのお宅に行った時、ランチをご馳走になったの。それで今度シール交換も兼ねて遊びましょうって言われてOKしたのね。で、今回も最初親子二人で来るって話だったから、ランチ作りますって言ったの。そしたら他のママさん達にも勝手に声かけてて、六人も追加で来るんだよ!? 私どうしたらいい!?」
それはまた、シールとは別の問題である。友達ができて喜んでるんだねぇと笑った後、私は言った。
「知らん、イヤなら断れ。でも面白いから今度詳細聞かせてね!」
ママ友はもぉ〜〜〜!!! と頭を抱えていた。私はケタケタ笑った。
とかく人の世は難しい。しかし願う。ボンボンドロップシールにまつわるあらゆる痛みが、彼女らの人生に「悪くない」影響を与えんことを。