現職の歓送迎会はいつもランチ会で、本来60分の昼休憩を120分くらいに拡大して催してくれるので、仕事の時間もいい感じに減って嬉しい。平素飲み会が全くないので、お酒を飲まずとも、それなりに会話は弾むし、それくらいの方が話題にも節度がある。お金も比較的に安く済むし。いい事づくめなので、おすすめをする。
さて、昨日ありがたいことに送別会を開いてもらった。図書カードと、かわいい缶に入ったクッキーと、寄せ書きと、黄色の花束をもらった。とても嬉しい。花束は早速、我が家のリビングに飾った。黄色がかった白〜オレンジの花々が、ゴールドのリボンで優しく束ねられている。夏の手前、じけじけとした家の空気を明るくしてくれてありがたい。花っていいね!
しかし、ふと思う。これまでも卒業や異動や転職や祝い事でそれなりに花束をもらってきた。あれ、いつも黄色じゃない? 花束。一緒にもらっている人はピンクだったり紫だったり水色だったりするのに、私が授かる花々は、なんかいつも、黄色い。なんでだ。
もう少し若い頃、「美人に赤、紫、ピンクをあげて、余ったのが私にくるのだろう。女性らしさが乏しいからかしらん」などと卑屈に思っていた。だって私のパーソナルカラーは冬で、黄色という色が外見に似合うわけではない。そもそも身長が173cmあって、でかいのだ。黄色には何となくひよこみたいなイメージがあって、小柄な人に似合うイメージ。素朴と言われれば、まぁ顔立ちは素朴だが、どっちかというと白基調に薄い水色とか紫が混ざる花束の方が、見た目にはフィットする気がする。私は私のことを黄色が似合う人間だと思ったことはない。
でもあまりにも続くし、「似合うと思って」と渡されることも多いのだから、皆から見ると黄色らしいイメージがあるのかもしれない。まさか中国皇帝を意識しているわけではないだろうし、「希望」とか「喜び」とか「元気」とか、そういうイメージなのだろうか。だとしたら光栄で、とても誇らしい話だ。自分自身はそれなりに自分の暗さを知っているので(明るいお日様みたいな人間は、小説なんか書かない、多分)、面映くはなるが、暗いと思われるより、明るいと思われる方が、私は嬉しい。自分が自分の暗部を、他者に対して抑制できているという証左でもある。
それから寄せ書きも楽しい。別れの時にしかもらえないのは、ずっとそこにいる人が書くばっかりで寂しいだろうから、ぜひ3年に1回くらい皆で書き合うといいと思った。相変わらず「優しい」の文字は一つも見つからなかったが、宝物にする。優しいって言ってくれても全然構わないのだが。
ちょっと笑わそうと思って書かれた同僚のコメントよりも、あまり付き合いのない人からもらった言葉が嬉しかった。「プレゼンでの、軽快な語り口と滲み出るユーモアに楽しませていただきました」という、ご感想。これは寄せ書きというより、完全にご感想である。同種のお言葉は複数いただき、全然プライベートの話をしたことがない人が、私の言葉に耳を傾けてくれて、「面白い」と思ってくれたのは嬉しい。なおプレゼンはいたって真面目にやっているので、どの辺が面白かったのかはわからない。ユーモアを織り交ぜた記憶はない。助けてほしい。
こうやって優しくしてもらうと、何だか辞めてしまうのが勿体無い気がしてくる。戻ってきていいよという言葉に、すぐ甘えたくなってしまう。7月から、ちゃんとできるのだろうか。全く自信はない。しかしまぁ、次の場所でも「黄色っぽい」と思ってもらえるように、のびのび頑張ってみよう、という勇気ももらえた。大好きなお姉さんにもらった「どこでもやっていけると思うよ!」という言葉を、一旦信じてみよう。
と思って帰宅したら、8月に2回も出張が入ってしまって、などと夫に言われる。う、うわーん。信頼貯金がない中で、業務の融通なんかさせてもらえるか〜? ヘラヘラ申し出てみるつもりではいるが、なかなか前途多難である。うぅ、えいえいおー。