読書感想文『ぼくのメジャースプーン』辻村深月

沢村
·
公開:2025/12/8

 何年振りかに、「うぅ、好きすぎる〜」となった。私という人間をご存知ならご存知かもわからないが、私は「少年の葛藤と決断」に物凄く弱い。年齢幅にして、9歳〜12歳、つまり小学校高学年くらいがとても刺さる。この時期特有の、純粋さと、純粋から抜け出ようとする意思の萌芽と、自身の歪みや澱みみたいなものが視界に入りつつあるあの感じ。やりたいこともやるべきこともあるような、ないような、仮に何をどんなに強く望んでも、親の庇護下にある時期で、庇護がなくとも無力で、どうしようもないあの感じ。

 『ぼくのメジャースプーン』の主人公は、小学校四年生で、まさにそんな時期の真っ只中にある。ちょっと賢くて、ちょっと繊細で、でも「普通」の範疇にいる子供だ。彼には冒険に出るとか、世界を救うとか、そういう類の力ではない「力」がある。クラスメイトの、彼にとって特別な女の子の危機に直面し、主人公はその「力」との向き合い方を知り、「使う」ために同じ能力を持つ先生に会いに行くーー

 もう、このあらすじを振り返っただけでも泣けてくる。この特別な女の子は「ふみちゃん」というのだけれど、その描写が本当に本当にリアルで、序章から読んでいるとふみちゃんのことが大好きになり、読み手は多分主人公に強く共鳴する。ふみちゃんは本当に本当に素敵な女の子なのだ。うぅ、ふみちゃん。私がふみちゃんに会ったら、ふみちゃんの良いところを余すところなく本人に伝えて、はにかむように笑わせてあげたい。しかしきっと全てラインナップしたところでふみちゃんは更に素敵な一面を見せてくれるのだ! 一生かないません、ふみちゃん。

 そして先生、秋山先生のキャラ立ちが最高すぎる。主人公と先生の会話が本当に「良くて」(ふさわしい形容詞が思いつかない、すみません)後からページを振り返るに結構長かったのだが、この空気感をずっと吸っていたくて、すぐに終わってしまった。先生は正直その辺にいる大人ではなくて、それはきっと先生が子供の時からその「力」を持っていたことも理由の一つではあるのだけど、私はかなりこの先生の佇まいと思想が好きだ。大人だ、とても。でも大人の裏に傷ついた子供がいそうな感じ。「先生のいなかった主人公」が彼なのだと思うと胸が痛くなるし、それでも主人公のことを柔らかく見つめ、境界を引きながら立ち会おうとしてくれるところが、良い。涼やかさと寂しさがベースにあって、それでも澄んだ暖かさが拭いきれないのが、「秋」って感じすぎる。

 とはいえ痛くて辛くて可哀想で、それなのに格好いいのは主人公だ。とにかく泣きそうになるくらい繊細な心理描写をゴリゴリにやってくれつつ、このお話は構造的にミステリなので、結構な人が読んでいると思いつつも、皆さんもぜひ読んで騒いでほしい。私はまぁまぁ叫びました。本当に、辻村先生ったら……♡ 気持ちいいです♡

 先ほど、子供は基本的に無力だと書いた。しかしこの主人公は無力ではない。「無力ではなくなってしまった時」「自分の手に弾が入った銃がある時」「そして目の前に、憎い存在が立っている時ーー」この作品が問いかけてくるのは、そういうジリジリした話で、割切れようなどない想いが、主人公に何を選ばせるのか。

 「選択」と「責任」の話が好きなので、そして「少年」が好きなので、もう何というか、暫くこんな気持ちになれるか!? と思うくらい嬉しかった。なんで今まで読んでいなかったのだろう、いや、今読めてよかった。「かがみの弧城」は、生きづらキッズだった時分に読みたかったすぎた一冊だなぁという感想だったのだけれど、これは結構、大人向きかもしれない。

 というわけで、大人の皆さん、是非。

 願わくば、傷つきながらも優しくあろうとするすべての子供達に、明るい未来が訪れますように。