起きて顔を洗い、洗顔後用のスクラブで肌を撫でる。洗い流し、化粧水や美容液を入念に塗る。下地、ファンデーション、白粉、そしてまぶたにピンクのアイシャドウクリームをそっと乗せて、のばす。
自分の外見がずっときらいだった。ぼんやりした、しまりのない顔だと思っていた。誰にそう言われたわけでもない。少なくとも記憶の限り、外見に対してネガティブなことば(ここでは記さない)を投げつけられたりということはない、はずだ。
だがきらいだった。「美しく」とか「かわいく」なりたい、という願望があったというよりは、外見なんて存在しない透明人間のような存在になりたいと思っていたし、正確には「美しくなりたい」「かわいくなりたい」という願望なんてわたしには不釣り合いだと思っていた。どうせおしゃれしてもお化粧しても……と思っていた。
思えば、保育園のときには、周りの子どもや大人たちの「あの子はかわいいよね」というまなざしに気がついていた。そしてわたしは、なんの迷いもなく、「かわいい」と言われない方のカテゴリに、自分を放り込んだ。ああ、わたしはそっちではないんだな。スカートやリボンやピンク色が好きだけれど、きっとそれは〇〇ちゃんみたいな子のためなんだろう。
いったいなぜだろう。丁寧にお化粧して、ふわりとしたラインのオフホワイトのクラシカル・ロリィタを着た今日のわたしは、こんなにかわいいのに!
でも、いままで真剣にそう思っていたのである。時間にして20年弱くらい。
繰り返しになるが、自分のことを「かわいい」方の人間ではない、と思うようになったのには、直接的な原因があるわけではたぶん、ない。母はわたしを何かあると「かわいい」と言ったし、実際に幼い頃の自分の写真を見ても、おおかわいいな、と思う。顔のパーツが整っていたりということではなく、パンみたいなふわふわの輪郭の顔が、にこ!と笑っている。ちなみに、ちょっと歯が出ている。ちいさい白いうさぎのようだ。
だが、写真のわたしの表情は、小学生中学年のころからどんどん堅くなる。緊張していて、写真を撮られるのがきらい、という顔をしている。この時の気持ちの手触りをはっきり覚えている。早く終わらせて、どうせかわいくなんてないから、という気持ちだ。そしてその気持ちは、大学の学部くらいまで続いた。
なんでそのころ楽になったのだろう、と思い返して、思い当たることがある。メイクをするようになったのだ。
フェミニストとして正確に言うなら、大学の入学とともに、メイクしなければ「普通の」女性としてみなされなくなったのだ。それはもちろん、男性を中心とした他者からである。なんなんだよ、と今でも思う。そのこと自体についても怒りはある。
だが、わたしにとってメイクというのは、大袈裟でなく自分にとっての新たな顔だった。生まれ持った顔をつくりかえる、しかもそのことが推奨されるということは、わたしのそれまでの人生にはほとんどなかった。高校まではお化粧は禁止されていたし、私服で過ごすときもメイクは自分に無縁だと思っていて、したことがなかった。しても無駄だと思っていた。自分の顔のことを極力考えたくなかった。身体のことも。
ここで少し話は逸れるのだが、自分の体型の話をする。自分の身体についても、わたしは顔と同じように、極力考えないようにしていたから。なぜかというと、いわゆる「女らしい」身体つきをしているからである。
わたしのジェンダーは女性(呼んでもらうときは「彼女=she」でも、theyでもどちらでもよい)で、加えて生まれた時から女性として割り当てられてきた。だから身体に関する違和はほとんど、ない。だがわたしは、やはり自分の身体がきらいだった。もっと正確に言うと、身体を通じて、性的な「女」としてまなざされることが嫌だったのだ。
なめらかな肌。丸みを帯びた身体の線。大きいといわれる胸。そのようなものは、性的な視線や実際行われる加害を、引き寄せる記号でしかなかった。同性から褒め言葉のように「スタイルがいいね」と言われても、「どうせわたしの胸しか見ていないんだろう」と落胆した。
体毛が濃いこともコンプレックスだった。今でも覚えているが、小学生4、5年のころ、好きな男の子にそのことを大声でからかわれた(ほんとなんでそんな奴好きだったんだろう)。だからコンプレックスになったのだ。
「胸が大きい」ということも、「体毛が濃い」ということも、ただそれだけのことだ。なのに、他者からジャッジされ、それを口に出され、勝手に欲望されたり、あるいは「お前は欲望されるほどの価値はない」と言い放たれたりする。そういうことに、ほとほと疲れていた。そしてそれは、自分の顔についても同じだった。写真のわたしの表情が堅くなったのは、おそらく、「子ども」ではなく「女の子」としてーーそれはあくまで、「子ども」ではなく「女」に重心があるーー扱われるようになった時期と一致している。
そう、透明になりたかった。「女」として、あるいはほかの存在として、とにかく勝手にまなざされない存在に。そのようにまなざされることなく、わたしは「女らしい」とされる格好がしたかったのだ。
だが、現実にはわたしは透明になどなれない。鏡の前に立てば像がうつる。
だからこそ、理不尽な社会の抑圧の一環として覚えたはずの「人体改造」が、わたしにとってはじめて手に入れた絵筆であり、鎧であった。メイクやあたらしい服。髪型、脱毛。いわゆる「美容」に関するあれやこれや。抑圧に順応した結果と言ってしまえばそれまでだ。だが、一方的にまなざされることを受け入れるのではなく、どうまなざされるかの主導権をこちらが握ってしまえば、しめたものだと思った。
口紅を塗る。髪をとかす。ヘアアイロンをあてる。オイルをつけて結い上げる。
フェミニストがいわゆるフェミニンな格好をするのは、ジェンダーの役割を固定化している、という意見に対しては、わたしは明確に否定する。わたしがどのような服を着るかあなたに決定権はない、というのがフェミニズムの信念のひとつではなかったか。わたしは好んで「女装」している。
それでもなお、ルッキズムに乗っかっている、と言われるかもしれない。それを完全には否定はできない。だが、おしゃれはただの鎧ではない。なりたい自分になるのだ。世界にまなざされ続ける中で、せめて見せたい自分を見せるのだ。
そんなわたしを、友人たちは「かわいい」「綺麗」「その服似合ってる」と言ってくれる。勝手な欲望、一方的なまなざしとは無縁の場所で。わたしが自分の外見を以前よりずっと好きになれたのは、かれらの存在がとてもとても大きい。おそらく、コスメや素敵な服より、もっともっと大きい。
そう、それはもはや理不尽な世界から身を守るための消極的な防具ではない。なってみたい自分になるのだ。自分を称賛するために。友人たちと楽しい時間を過ごすために。なんにでもなれる、と信じ続けるために。
さあ、来年はどんな装いをしようか。