書店に寄った際、タイトルに惹かれて購入した一冊。冒頭数行を読んで「これは細切れにではなく一気に読みたいな」と思い、ようやく時間が取れて読み干した。
まず読んでいて小気味良い文章なのだ。黙読しても、声に出しても楽しめる文章で、翻訳された山田蘭氏に感謝した。
登場するのは元刑事の探偵と、彼に依頼されて同行し本を書く作家。いわゆるホームズとワトスン形式なのだけど、ワトスン役は著者と同名、なだけではなく、実際に著者が書いた作品の名が作中にぽんぽん出てくる。ホームズを書いた?と首をひねりながら調べてみたら、実際にコナン・ドイル財団公認作品「絹の家」を執筆されていた。今度読んでみよう。
読者に対してフェアな作品なので、奇をてらう感はない。犯人当てをしない私でも見当はついた。意外な、と思うには現代にはミステリが溢れており、その礎となった古典ミステリに基づいた作品だからだ。それでもと言うべきかだからこそと言うべきか、確かな筆致で「これが読みたかった」と思えるものが描かれていてはじめから終わりまでわくわくしながら読んだ。
作中人物にドーンという女性がいる。彼女がアキラという既婚女性との浮気を疑われる場面があった。実際には違うのだが、異性であれば当然関係を疑いはしなかったのだが同性だったので見落としていた、という作品が少なくないなかで自然で好きな表現だった。
また、ドーンという名前から「セレーネ・セイレーン」という作品を思い出した。ヒューマノイドである主人公に「夜明け」という意味を持つドーンという名がつけられたのが印象的で覚えていたのだ。
流れるようなうつくしい文章で描かれる世界が、ひとりのエンジニアをめぐるヒューマノイドと人間との情によりふと生々しさを見せる様がうつくしかった。扱うテーマに対して古びることのない名作だと思う。できれば再販してほしい。