なにか楽しいことないの?と思う。
僕はものすごく多趣味で、そしてどれにものめり込まない。
どの趣味も「楽しそう」と言って(すこし無理やり)衝動的に始め、ある程度やって楽しさがわかったところで、それは引き出しとして自分のなかにストックされる。
世界を見るひとつの視点として概念を保存して、ときどき取り出して遊ぶ、そんな趣味の温度感。
のめり込むとは何かと考える。
僕は趣味に対して全くの無為、享楽状態でいることは少なくて、何かしら得て日常に帰ってこようとする。
なので、終わった後に「何も得なかったなぁ」と思うことも少なくない。
が、趣味の趣味たる所以はたぶんそれではなく、ドーパミンやらオキシトシンが出て日常とは完全に切離される、それを感じるだけ。
それでよしとすることなのだと思う。
言うなれば超短期的な視点しか持たなくていい、というかそれが極意なのだと思った。
私は性質としてロングレンジで考えてしまうので、いかにこれをハックするかを考えた。
結論、余裕をなくすこと。
人は体が元気でなおかつ暇だとあれこれ考えてしまう。余裕があると、やれ仕事を続けていていいんだろうかとか、生きる意味とか、そんなことを考えだす。
それはロングレンジな考え方で、趣味に学びを求めることと近しい悪しき考え方だ。
なので、すこし体にダメージを与える。
少し筋肉が疲れている、少しお腹が空いている、少し性欲を持て余している、といった程度の原初の渇望状態というのは、余裕が適度に削られているので頭が短期モードになる。
そうなると、程よくタガが外れてハードルが下がる。
趣味が見つからないとウダウダしているなら、とりあえず散歩をして、適度に体を疲れさせてお腹を空かせて、そしてそのまま趣味の道具を買いに行けばいい。
そして、道具を買ったらそのまま始めることだ。
明日やろう、ではまた体にダメージを与えることから始めなければならない。
いますぐやれ!そしてそのまま、享楽の種を一気に育てるのだ。
趣味は始めたてが一番面白い。そしてうまくなってきたころがピークだ。そこまで一気に行け。
それを繰り返せば、きっといつか花を愛でるまで行くものもあろう。趣味ジプシーになるのもそれはそれで引き出しが出来てよかろう。
何もしないことこそ悪と知れ。