*わたしは、この文章を「修論エスノグラフィー」と呼ぶことにする。
うしろめたさと研究の方向性を見失ったことにより、ずっと連絡も取りたくなかったし、会いたくもなかったAdamにようやく会いに行った。正確には、Adam本人に会いたくなかったのではなく、何もできていない自分を曝け出すのが怖かったんだと思う。
3月末までに 5000 words 書いてと言われた先行研究のレビューは、たった600 words しか書けていなかったし、そもそも何が書きたいのか、自分がなんで大学院に入ったのかも分からなくなっていた。本当に真っ暗だった。
同じアパートに住んでいて、かつ、研究仲間だった友人たちが、一気に引っ越してしまったことも、「大したことない」と言い聞かせていたけれど、結構、「大したこと」だったのかと身体の不調で気付くほどには辛いことだった。
ただ、ひとすじの光が見えたのは、先月、小松原織香さんの『当事者は嘘をつく』を文喫で読んだ時だった。本を読みながら、涙を堪えて、何かを投げたくなるくらい過去にムカついて、そんな情動を久しぶりに感じた。
当時、本を読んだ時のメモが残っていた。
"3月31日までに5000 wordsのliterature reviewを書くと約束したのに、500 wordsしか書けなかった。3月28日くらいまではなんとか書こうとしていたけど、珠洲に行ったり、東京に行ったり、福島に行ったり、結局、インプットが整理しきれず、そして、いつも一人暮らしで朝から晩まで仕事か大学院の授業や課題をやっている毎日だったから、パートナーと過ごす二人暮らしの日常が平穏すぎて、書けなかった。ただ幸せな状態だけに浸っていたかった。そして、書くためには、孤独とか怒りが必要だと感じた。幸せで心地よい状態になるか書くためにそれをやめるかみたいな選択肢を自分の中に掲げていた。
でも、今回、織香さんの本を読んで、別にどっちかしかないわけじゃないと思った。幸せな状態にも、こうやって奮い立つ瞬間はあるし、身体がうめくほどの言語体験は得られる。いつも孤独じゃないといいものが書けないと思っていたけど、もしかしたら、もっと違う仕方があるかもしれない。
そして、難問が残る。哲学には惹かれているけど、どうにもこうにも、観光という存在が、今の自分にとって足手纏いに感じる。自死の問題、虐待の問題、性暴力の問題に対して、観光の存在は軽すぎるように見える。観光なんだから、暗い話はしないでよと言われるような気がする。じゃあ、ダークツーリズム研究なのかと言われたら、なんだかしっくりこない。再従兄弟の死をダークツーリズムのような流行り言葉に回収されたくない。でも、じゃあ、何をすればいいか分からない。怒りや悲しさ、なにくそみたいな気持ちだけがある。ずっとある。well-beingとかくそみたいな気持ちもある。
読み終えた。身体の奥が震えるような文章を久しぶりに読んだ。よかった。頑張って書けそうな気がする。とはいえ、まだ、観光と自死の問題、メンタルヘルスの問題をどうやって結びつけるかはよく分からないし、リサーチクエスチョンとか、そんなものは未定だが、とりあえず書くこと。それだけ頑張ろうと思う。今、書けてる。多分、大丈夫。"
これは、全く人に公開するつもりのない走り書きだった。でも、ここに大事な感情と記録が宿っていると思う。
Adamと会話を進めるうちに、読んだ本の話、気になっているキーワード、観光をどう結びつけるかみたいな議論を淡々と進めるうちに、急に「サバイバーズギルト」の話題になった。
3月に福島で織香さんに会った時、震災の時に家が残ってしまって申し訳ない気持ちになり、被災者だと言えなかった話をしてくれた。その後、能登に行く前に、石巻で被災した友人も同じような話をしてくれた。それが、分かりやすく被災したわけではない人が抱えるサバイバーズギルトという現象だった。
まさに、わたしが家庭内で経験した「わたしは直接被害を受けていない」「これは虐待と呼べないのではないか」「わたしはいつも傍観者で申し訳ない」そんな気持ちと酷似していた。
つまり、「わたしは虐待を受けました」ということを仮の言葉として発することはできるのだが、「わたしは虐待を受けたかもしれないし、受けてないかもしれないし、辛いと言っていいのかも分かりません」という葛藤は、誰にも話せていなかった。そして、自分自身ですら、「わたしも被害者だって思っていい」という単純な言説のなかに、自分を置いていた。
幼少期の自分の体験を語り始めると、思いがけず、泣き出してしまった。日本語では、何度か、語ってきたことだったし、昨日もカウンセリングで話した。その時は、淡々と話すことができたのに、どうも言葉に詰まってしまった。英語力が低いからではない。おそらく、第二言語である英語では、生々しい感情とまっすぐに向き合わざるを得なかった。日本語で解釈するときのように自分に言い訳ができなかった。
そういえば、織香さんの本を読んだ日、悲しくて、苦しくて、分かってほしくて、ひとり、本を読み返しながら、家で泣いていた。泣き止んだと思ったのに、シャワーを浴びながら、また涙が止まらなかった。トラウマがフラッシュバックしたわけではない。自分の経験が言葉になったよろこびの方が大きかった。言葉になればなるほど、誰かに分かってほしいと思った。
でも、そこにいた彼には、心配をかけたくない気持ちと、メンヘラだと思われたくない気持ちで、結局、話せなかった。そろそろ過去のことを話してもいいかなという気持ちになったけれど、やっぱり言えなかった。それでも、涙は止まらなくて、最後は、理由を話さないまま、眠りについた。それは、何も聞かない優しさ、もしくは、ただよく分からなかっただけだろうと解釈している。
わたしが泣くと男性は不機嫌になるという経験を持ち合わせすぎていて、嫌われるのが怖かった。穏やかな家庭育ちの彼には、極力、わたしの経験を話したくなかった。どう考えても、家に警察が来たり、児相が来たり、包丁が飛び交うようなことは想像できないだろうし、それで被害者のレッテルを貼られるのも嫌だった。そのなかにも、楽しいこともあるし、しあわせな時間もあったことを無かったことにされたくない。同じような境遇の人には、この複雑さは伝わりやすいが、そうでない人からは、かわいそうな人というレンズを通して、これからのわたしと接されることになる。それがとにかく嫌だった。
でも、これまでの元彼には、全部話してきたような気がする。なぜか、今回に至っては、尻尾すら見せられないくらいに、本当に経験を話せない。というか、一緒にいると、話さなくてもいい気持ちになる。
そんな回想はさておき、改めて、Adamと話していて、いろんなキーワードが立ち上がってきた。いつも、そうだ。"Magic was happen here!!"と興奮気味に言っていた。
Adamのスタイルはいつもクリエイティブすぎて、いわゆる型にハマったものではないので、タイミングが合わないと何を言っているのか分からない。そして、実証研究の人たちからは、それはアートだと言われてしまう。だから、これを研究と呼べるのか、とても不安になる。でも、いろんなものを読んだり書いたりしていると、急につながる。
だから、あとは、もう思いつくままに書いて読んでいくしかない。真っ暗で何も見えなかったところから、「書きたい」という気持ちが戻ってきた。やっぱり、人と話すというのは不思議な営みだ。いくら論文を読んでも答えが見つからなかったのに、こうして話すことで、糸口が見えた。
Risking by listening (:聴くことはリスクを取ること)という言葉が印象的だった。
わたしも、リスクを取りながら、裸で泳ぎ、聴いて書いて読んでいきたい。